2023年の米政府・米議会・最高裁のスケジュールを考えてみると、ここから政府会計年度末の9月末まで大きく2つの山があると私はみている。それは債務上限問題と最高裁の判決の2つだ。 毎週書いているブログで週ごとの進捗を書いてきていたが、今回は改めてもう一度進捗とともにまとめた。
1. 最高裁の判決が6月下旬~7月前半
2022年末に示した4つの注目する裁判の中で、いずれも6月下旬~7月前半に判決がでるとされている。
① BIDEN V. NEBRASKA (バイデン政権の学生ローン債務免除)
最も注目されているのは学生ローン債務免除が違憲になるかどうかだ。
何度か繰り返し書いているが、これは違憲になるとみているので無効になると思う。つまり、学生ローン債務免除ができませんでしたということになるので、学生ローンを抱えている約4500万人は$1万(ぺルグラントは$2万)の債務キャンセルできないことになる。
なぜかというと、バイデン政権が根拠にしているthe Heroes Actは「戦争やその他の軍事作戦、国家非常事態に関連して長官が必要と考える場合」には学生ローン解約する権限を教育長官に与えているのである(引用元:Vox)では、今が国家非常事態宣言か?という話だ。確かに今は国家非常事態がまだ続いている。しかし、バイデン政権は5月11日に国家非常事態宣言を解除すると発表している。もはや、学生ローン債務免除の根拠となる the Heroes Act は使えなくなるということだ。
なお、バイデン政権が学生ローン債務免除を実現できなかっただけで、米議会ならば学生ローン債務免除は可能だ。残る選択肢は、米議会で可決することになるだろう。しかし、ねじれ議会で共和党からは根強い反対があるため少なくともねじれ議会が続く2024年まで実現はほぼ不可能だろう。
② タイトル42の失効
これも注目されている裁判だが、3月の口頭弁論の予定だったが理由非公開でキャンセルされた。これもそもそもは公衆衛生上の理由で 亡命の審査や保護をせず、移民を即座に追放できるTitle42 (公衆衛生法の条項)をつかっていた。
これもバイデン政権は5月11日に国家非常事態宣言を解除するのだから、もはや裁判の意味をなさなくなるだろう(引用元:CNBC)
なお、毎月ざっくり20万人くらいを追い返していて2022年は過去最高の230万~260万人を追い返した(引用元:CBS)。今まで毎月20万人を追い返していたのが、一気に米国内に入ってくる可能性もありうる。人手不足の一員だった移民が流れてくることになるのはおさえておいたほうがよさそうだ。もっとも「人手不足」よりも「解雇」のニュースがおおくなっているのはあるが。
③ その他、注目されている裁判
Moore v. Harper 、 Merrill v. Milligan は昨年秋~冬に口頭弁論が実施されている。どちらも2024年の総選挙に大きく関わるゲリマンダの話ではある。昨年の口頭弁論をふまえると、投票権法の大幅な再解釈になることはなさそうではあるが、それでもゲリマンダを実施した州議会にとって有利に働きそうである。州議会の権限が強まれば、50州のうちで約30州以上の州議会をおさえている共和党にとって有利な選挙戦になるだろう(引用元:VOX)
また、アファーマティブ・アクション( Students for Fair Admissions Inc. v. President & Fellows of Harvard College )も10月に口頭弁論済だがこちらも判決がでる可能性がある。もし、アファーマティブ・アクションが違憲となるようなら大学入試にとどまらず、採用活動にも影響がでてくることになるだろう
2. 債務上限のXデーは8月か
ムーディーズが3月に出した最新レポートによると、8/18が米国債の利払い日のため8/18がXデーになる債務上限に達する可能性が高いということだ
①債務上限とは何か
そもそも、 1917年にSecond Liberty Bond Actが成立するまでは米国債を発行するたびに米議会が立法化していました。第一次世界大戦の最中、いちいち米国債発行のために米議会が立法化していては迅速に対応できないということで、債務の上限を米議会で立法化して、その範囲内で米財務省が発行できるようにした。つまり、債券発行の承認手続きを簡素化したわけだ。
大前提として、政府予算は米議会によって承認されるだけでなく、米連邦議会は連邦政府の債務を管理・監視する義務を負っている。三権分立のcheck&balance機能の一つだ。
一部民主党は、政府が無制限に借り入れることができるように債務上限を撤廃しようとする動きもありますがそれはまだ主流ではない。共和党・民主党ともに政府へのcheck&balanceという意識が強いわけだ。
②債務上限に達したらどうなるか
では債務上限を引き上げないと何が起こるかというと、①社会保障費が払えない ②米国債の利払いができない ③米国債の新規発行ができない ④ 連邦公務員や軍隊の給与、退役軍人手当が支払えないなどが起こる。2011年にはS&Pグローバルが米国を格下げしたことで混乱が生じ、S&P500も▼17%下落した(引用元:ウォール街が目を背けるリスク、米連邦債務上限と政府デフォルト)
なお、格下げされないように米国債の利払いを優先すればいいという意見もあるが、そうでもない。そんな権限が財務省にあるか定まっていないからだ。過去に、その権限を財務省につけようと法案提出もあったが、立法できていない。なので、財務省が手元に十分な資金が確保できるまで、すべての支払いを遅らせる可能性が高いといわれている。
また、財務省の権限をつかって$1兆プラチナコインを発行するとか、プレミアム債を発行するとか、大統領が憲法修正第14条を発動し債務支払いを継続させるとかも出ているがそのような権限が付与されているわけではないので裁判に陥る可能性がある。現実的な解決策とはいえない。(引用元:Roll Call)(引用元:CRFB)
③なぜこのタイミングなのか
前回の債務上限引き上げは、2021年12月1日にクローズドで マコネル議員とシューマー院内総務のクローズドな話し合いで12/1には合意した。具体的な債務上限の金額は後から決めることにして、空欄の法案を可決させて、具体的な金額を民主党に決めさせた。その時の金額が必ず2022年11月の中間選挙までは乗り切れて、だいたい1年半くらい乗り切れるくらいの金額を上限として追加したのである。もう2021年の段階で2023年に債務上限引き上げがくることは当時からわかっていたのである。
(引用元:債務上限$2.5兆引上。初の$30兆超え!$31.4兆となる決議を上院可決)
今はちょうどTAXシーズンで歳入が入ってきているタイミングということもあり、おおまかな時期しかだせないが4月後半~5月頃になると、もう少し具体的にいつXデーがくるかわかるのではなかろうか。早ければ6月、遅ければ9~10月になるだろう。 なお、ムーディーズがだした最新レポートでは8月としている(引用元: https://www.moodysanalytics.com/-/media/article/2023/going-down-the-debt-limit-rabbit-hole.pdf )
米議会はWW2以降、100回以上、債務上限を引き上げてきた。政党を超えて100回以上も債務上限を引き上げてきた経緯があるから心配いらないだろうという楽観的な見方があるのも確かだ。
④債務上限に関しての米議会での進捗
ちょうど本日、マッカーシー下院議長はバイデン大統領と債務上限に関して「何も進展はない」と発言した(引用元:CNBC)
バイデン政権および民主党は、共和党が要求する歳出削減に応じない構えをみせている。しばらくは、平行線が続くだろう。しかも今年は選挙がないので、どちらも選挙のために妥協をする必要がない。
米議会はどのような進捗かというと、そもそも民主党と共和党の話し合いにさえ至っていない。まずは共和党下院内でまとめる必要があるのだが、現段階では各コーカスが「債務上限を許可するための条件」を出してきただけだ。
Bloombergは下院共和党内での合意が近いと報道しているが、マッカーシー下院議長は合意が近いという発言はしていない(引用元:Bloomberg)
共和党下院内は大きく4つのコーカス
とはいえ、全部把握する必要はなく下院共和党で大多数を占める Republican Study Committee と、最もLibertyを追及していて下院共和党をまとまりにくくする一派となっているフリーダム・コーカスをおさえておけばよい。
下院共和党の多数が所属するRepublican Study Committee が出してきた条件
Republican Study Committeeは債務上限に関する条件を書いた「Debt Limit Playbook」を公表したが、全然具体的ではない。
Republican Study Committee 内の投票をみても、最優先がエネルギーの自国生産促進(規制緩和や許認可制のスピードアップ)が最優先になっている。次いで、裁量支出の削減、成長を促進する課税制度が最も多い。なお、自国のエネルギー生産促進については Republican Study Committee の次に多数をしめて穏健派のメインストリートコーカスも強く要求している(引用元:Politico)
債務上限した分だけ歳入を削減させるよう要求している議員も少ないようだし、現段階だとデフォルトを防ぎたいという議員も少ない。
⑤下院共和党の強硬派であるフリーダム・コーカスが出してきた条件
こっちのほうが非常に具体的で2023年の裁量的歳出から$1330億減少と明確だ。 この減少分について軍事費以外から削減せよとしている。
ちなみに、 フリーダム・コーカスの予算案通りに、$1330億の歳出減少をした場合、2024年の景気後退を促し、260万人もの雇用が失われるだろうとムーディーズのレポートは示している(引用元:https://www.moodysanalytics.com/-/media/article/2023/going-down-the-debt-limit-rabbit-hole.pdf)
⑥今後の流れ
下院議員の本議会開催スケジュール(黄色でカラーリングしてある部分が本会議開催予定日)をみると、もう債務上限に達するまで時間がふんだんにあるわけではない。
今年に入ってマッカーシー下院議長が下院議長として可決するまで数日かかり15回も投票した。可決できなかった理由は、もちろん下院共和党のフリーダム・コーカスが最後まで反対していたわけだが今回もそんなにすんなりいかないだろう。民主党と共和党下院議員には5議席の差しかない。民主党と共和党が手を組んで債務上限を可決させる可能性もなくはないが、それはどちらの党も望まないだろう。だとすると、共和党内を団結させる必要があるが、果たしてできるのかかなり疑問だ。
また、 9月末は政府予算の年度末なので9月末までに年度予算も可決する必要がある。ここもなんとかしないと政府閉鎖に陥る。例年通り「つなぎ予算」で乗り切ることが予測されるが、共和党下院のフリーダム・コーカスが歳出削減を要求していることもあり、そもそも「つなぎ予算」さえも可決するかはまだ定かではない。