今週も米議会は休会。そして7月4日は独立記念日。花火が30%も値上げしているみたいな話題もあったが盛り上がってるみたいですね(引用元:Bloomberg)
それにしても、ずっと”中絶制限(Roe v Wadeが覆った)”の話で持ち切りだ。各地でのデモもおさまりそうにない。それに加えて、EPAの規制が権限を超えていると最高裁判決がでたことで環境保護団体も憤っている。
先週、書けなかった米議会の進捗から。
①Build Back Betterスリム版 $数千億規模
前回、マンチン上院議員とシューマー上院院内総務は、他の民主党議員をいれずに水面下で交渉を進めていることは先々週から報道されていた(引用元:Politico)
その中で、メディケアの薬価引き下げについては合意できたという報道が入った。合意内容としては、 メディケア(高齢者・障害者向け医療保険)でカバーされる医薬品の価格について連邦政府に交渉を義務付け、インフレを超える薬価の大幅引き上げに対し医薬品企業に罰則を科すものだ。交渉は2023年に開始すると書かれている。また、メディケアの薬剤費に年間$2000の給付上限を設けることもでているようだ。これらによって約$3000億分の財源が発生するので、それを他に振り向けたいと考えているようだ。ただし、これらの合意内容は、 マンチン議員本人からのコメントがまだないため不確かだ。 (引用元:Democrats forge ahead on drug pricing, eyeing wider deal with Manchin)
7月中にもBuild Back Betterのスリム版を可決できると報道されているが、シネマ議員との交渉も控えているのでそんなに早く実現できるかは甚だ疑問だ。6月初旬の段階で、シネマ議員側もコメントを控えている(引用元:Roll Call)
そして、増税の話も出てきていない。繰り返しになるが、改めて昨年のマンチン上院議員の意見を振り返ると以下になる。
<マンチン上院議員の今まで発言した中での内容は以下の通り>
・キャピタルゲイン税は21%→28%が妥当
・法人税は21%→25%が公正
・低所得者層のみのchild tax creditは支持 (上限を設けて予算削減)
・最高税率39.6%に引き上げ支持
・無料のプリスクール には懸念を示す
・ Clean Electricity Payment Program(クリーンエネルギー発電に対して助成金)には反対
・米国内の労働組合が製造したEV車への税控除に反対
引用元:10/25-30 民主党内の大きな溝は埋まらない
また、後ほど記載するが発電会社が化石燃料発電からクリーンな発電に切り替えるためのインセンティブ、EVを促進するためのインセンティブにマンチン上院議員がどこまで譲歩するか、あるいはまったくしないかも注目になるだろう(引用元:The Hill)
② Bipartisan Innovation Act
現在、上下院合同で超党派で進めている米国の対中競争力を高めることを目的とした法案(Bipartisan Innovation Act )には、米国内での半導体製造$520億の支援を含む。これも民主党は7月中に可決したい意向を示していたが、どうも5月から合同グループを設けているのに進捗が芳しくない。
さらには、マコネル上院院内総務が Build Back Betterのスリム版 を民主党だけで単独で進めるならば Bipartisan Innovation Act に共和党は賛成票を投じないと脅しをかけてきた(引用元:The Hill)
米国の競争力を高めるためには、こちらの法案がどう考えても最優先ではあるのだが、国内選挙を考えると「Build Back Betterのスリム版 」の方が重要なのだ。乱暴に言ってしまうと「Build Back Betterのスリム版 」は民主党支持団体のやりたいことを詰め込んだパッケージなので、こちらを可決した方が支持団体からの評価は高いからだ。
政治家は、何かの団体の代表者なので、その団体の利益にかなう投票行動をすることが求められるのだ。しょうがない。
③その他の法案進捗
ウクライナ支援と同タイミングで「COVID-19追加支援 $100億規模」がなんとしても必要だとバイデン政権は訴えていて民主党も進めていたが、もはやこの話は聞かなくなった。もうどうでもいいということなのだろうか。
また、「マリファナ合法化(刑事罰の廃止)法案」についても、もはや年内は無理だろう。Bipartisan Innovation Act に、マリファナビジネスがクレジットカードなどの金融サービスを利用できるSAFE(Safe and Fair Enforcement)銀行法が含まれていたが、正式に外された(引用:The Hill)
米議会、大統領ともすべて民主党でマリファナ合法化が進むことが期待されていたが、またしても実現できなくなったということだろう。
最高裁が認めたEPA(米環境保護庁)の越権行為
先週、最高裁は 1970年制定の大気浄化法( Clean Air Act /通称マスキー法)を根拠として、大気汚染を防ぐためのCO2排出を規制する権限はEPAにはあるが、石炭使用などエネルギー源選択そのものを規制する権限はないという判断を下した。その規制を実現したいなら米議会で可決しなさいということだ。
これはクリーンエネルギーを促進しているうえで、重要な最高裁判決となった。
この訴訟を2013年から進めていたWV州司法長官のインタビューがとても有益だ。(テキストはこちらのPBSで)
WV州司法長官が繰り返し主張しているのが、「 大気汚染を防ぐためのCO2排出を規制する権限はEPAにはあるが、石炭使用などエネルギー源選択そのものを規制する権限はない 」「EPAは越権行為をしている」「米国民の代表(議会)が決めるべきこと」だ。
今回の最高裁判決はあくまで「電力部門」に限定された判決だが、これだけでは終わらない。既にCO2排出を大きく占める車両部門(輸送部門)に対しても既に訴訟が進んでいて、TX州司法長官率いる15州の司法長官連合が自動車からのCO2排出規制をめぐって連邦巡回区控訴裁判所で係争中(引用元:WP)
これも電力部門の判決と同様に、「大気汚染を防ぐためのCO2排出を規制する権限はあるが、ガソリン車に規制をかけるなど車両の動力となるエネルギー源選択そのものを規制する権限はない」という判決がでることが想定される。そして、必要なら州や連邦議会で決めなさいということが容易に推察できる。
そして、 WV州司法長官のインタビューを聞く限りだと EPAだけでなく、HHS、SEC、米エネルギー省、米労働省など多くの連邦機関が権限を超えて規制してきたことを指摘している。 この流れでいくと、多くの規制が「権限を超えた規制だ」ということで最高裁で認められる流れになりそうだ。おそらくSECが提案中の、企業の気候変動リスクと温室効果ガス排出量の開示を義務付ける規則も、SECがそういう権限をもっているという立法はないはずなのでこれも訴訟されれば最高裁に負けることにだろう。
とはいえ、既に最高裁は夏季休暇に入ったので、審理が開始するのは10月からだ。新たな最高裁判決というのは来年まで待つ必要がある。
また、今回の最高裁判決は「クリーンエネルギーを促進することで雇用増・賃金増の仕事を増やす」という労働組合と環境保護団体のデカップリングを促進することになるだろう。
なぜ労働組合と環境保護団体がともにクリーンエネルギーを促進しているかというと、利害を一致させることで共通の政策を進めているからだ。The BlueGreen Allianceはまさに労働組合と環境保護団体の連合を組んでクリーンエネルギーへの転換を推し進めているわけだ。
ここへきて、「エネルギー源選択についてはEPAの越権行為です」なんて言われてしまうと、労働組合が環境保護団体とカップリングする目的がそがれる。環境保護は促進できても、雇用増・賃金増の仕事を増やせなければ労働組合が環境保護団体に協力する理由がなくなる。だったら、労働組合組織化して、賃金UPデモをした方がよっぽど彼らの目的を実現できるだろう。
EPAは気候変動対策に向けて、我々はできることがまだあると主張しているが(引用元:Roll Call)、どこまでできるのだろうか。これからお手並み拝見だ。
最高裁の始原主義( originalism)と大きな変化をむかえた米国
現在の最高裁は、”Radical””Extreme”の、かなり色々批判されている。このように指摘しているだけでは、今、最高裁で何が起きているか、今後はどういう方向に向かっているかがみえてこない。大半の民主党議員はわかっていて、こういう言いがかりをつけているのだと思う。ガソリン価格に対しても、石油会社のせいにしたり、プーチンのせいにしたり、本当は違うとわかっていて、主張しているのだと私はみている。
さて、現在の最高裁判事たちの6名は、始原主義(originalism)をとっているということだ。合衆国憲法に名言されている権利はあるかどうか。なければ、連邦議会・州議会で決めなさいということになるわけだ。
そして、以下に引用したように過去の前例との軋轢をうむことになる。そして、今の最高裁判事たちはその軋轢が生じても躊躇しない判決を出すということだ。
(保守派の)トーマス判事、アリート判事の元に、トランプ氏が指名した3人の判事が加わった。ニール・ゴーサッチ、ブレット・カバノー、エイミー・コニー・バレットの各判事だ。彼らは始原主義を推進している。始原主義とは、権利章典については1791年、州政府の権限に制限を課す憲法修正第14条については制定された1868年など、導入された当時の公的な意味の理解に基づいて、憲法の条項を適用するという考え方だ。
https://jp.wsj.com/articles/supreme-court-marks-new-era-of-ambitious-conservatism-11656647198
マクギニス教授は、「それは非始原主義のさまざまな前例とのあつれきを生む。今後は『そのあつれきをどう解消するか』が問題になるだろう」と語った。 (中略)
ペンシルベニア大学の法学教授、カーミット・ルーズベルト3世氏は「原典に明記されていない権利はすべて、脅威にさらされる」と語る。同氏によれば、例えば、カップルが避妊法を利用する権利を認めた判例、ソドミー法(特定の性行為を禁じる法律)を無効にした判例などは、憲法の自由と平等に関する規定を19世紀の起草者らが想定していたであろうよりも広範に適用しているが「それらが、この新たな方向性の下では恐らく間違いとされる」という。
先ほど事例にだしたWV州司法長官は「米国の三権分立を守る」と明確に述べているように、最高裁はあくまで法律にそって判断しただけなので、必要あらば議会で立法化すればいいのだ。むしろ、オバマ政権時代から議会の立法化を迂回して行政権限だけで進めてきたことが裏目にでたといっていいだろう。
選挙で勝利して立法化できれば、最高裁からどんな判決がでても恐れることはない。民主党が恐れているのは、約10年間州議会を制覇するために組織化にチャレンジしてきたが結局できずに未だに30州も共和党に牛耳られているという事実に向き合わなくてはいけないということだろう。
米国は大きな転換点にきたことは間違いない。
連邦政府としての身動きがとりにくくなった。今年の選挙で上院議会がどちらか60議席とれる見込みはないし、民主党の組織化も時間がかかるだろう。
むこう10年大きなアクションがとれなくなる可能性がでてきた。