米議会は2週間休会/最高裁のロー対ウェイド を覆す判決/可決した銃規制法案

今週から米議会は2週間の休会に入った。せっかく民主党は妥協に妥協を重ねて銃規制法案を可決させて盛大な式典を開催したかっただろうに、大統領署名前に最高裁がRoe vs Wadeを覆す判決をして金曜日は朝から大騒ぎになった。
銃規制法案可決を大きな成果として、民主党はアピールしたかっただろうに、あまりに絶妙なタイミングだったので、悔しくて悔しくてしょうがないだろう。

経済対策関連の法案は、ほんの少しだけ進捗がある程度なので来週にスキップして、まずは先週のRoe vs Wadeが覆った最高裁判決と、米議会で可決した銃規制の話をしたい。

ロー対ウェイドを覆した最高裁判決

まず、経緯を簡単に説明しよう。2018年にミシシッピ州で妊娠15週より後の人工中絶を原則禁じる州法が成立した。しかしながら、ある民間クリニックが「この州法は違憲である」として訴訟を起こした。連邦地方裁と連邦控訴裁は、中絶可能期間を15週までに規定する科学的根拠はないとして同法の適用差し止めを命令した。そこで、ミシシッピ州政府は、最高裁に上告した。最高裁は上告を受理するかどうか検討を重ね、「妊娠15週後の中絶を禁止することが違憲かどうかに限って審理する」として上告を受理した。
そして金曜日、最高裁は妊娠15週を過ぎた中絶を禁じるミシシッピ州の州法について、合憲と判断した
もっとも、テキサス州では既に昨年から 妊娠6週ごろから後の中絶を禁じている。 性的暴行による妊娠中絶も認めていない。また、オクラホマ州でも今年5月に人工妊娠中絶禁止法が成立していて、ほぼすべての中絶が禁止され、中絶をおこなった場合は重罪となり最高で10年の刑事罰となる。近いうち、中絶クリニックが州内から消滅するとされている(引用元:NPR

一番注目すべきこととしては、合衆国憲法には中絶についてなんら言及していない、だからこそ、各州議会、連邦議会が立法しなさいということだ

ミシシッピ州法を支持した最高裁の保守派判事らは多数意見で、中絶に対する憲法上の権利を認めたロー判決は重大な誤りであり、最高裁はこの誤りを数十年にわたり続けてきたとの見解を示した。サミュエル・アリート判事は多数意見で「憲法は中絶について何ら言及しておらず、そうした権利はいかなる憲法の条項によっても暗黙的に保護されていない」とし、「今こそ憲法に耳を傾け、中絶の問題を国民に選ばれた代表者に戻すべき時だ」と述べた。
クラレンス・トーマス、ニール・ゴーサッチ、ブレット・カバノー、エイミー・コニー・バレットの各判事が多数意見に加わった。ジョン・ロバーツ最高裁長官はミシシッピ州法の支持に同意する一方、中絶の権利の完全な撤回にまでは踏み込むつもりはないとの考えを示した。

https://jp.wsj.com/articles/supreme-court-overturns-roe-v-wade-eliminates-constitutional-right-to-abortion-11656093567

なので、今回の最高裁判決が、中絶制限を決めたわけでもなんでもない。州議会、連邦議会が速やかに中絶に関して立法すればよいだけなのだ。
民主党にとっての問題は、その立法が現段階では難しいということだ。まず、連邦議会については上院議会は共和党も民主党も議席数半数ずつで、可決するためには60票必要になるので難しい。
さらに、各州議会の上院だけをみても50州のうち32州は共和党が多数党だ。州議会で多数党になれないというのは長年の民主党の課題で、この10年間、手をつくしてきたものの、未だに州議会で多数党を多くとれないという現実があるのだ。
もっとも、これを機に、各州の民主党団体が組織化して州議会を全州制覇できればいいのだが、難しいのではないのだろうか。最高裁前でデモをやるとメディアは注目して騒ぎ立てるが、肝心の州内での組織化ができているのか懸念される。
デモを起こしても注目は集めるがなんら変わらない。速やかに州議会・連邦議会に中絶賛成派を送り込まなくてはならないのだ。
もっとも、共和党側としては、今のうちに中絶を制限する法案の成立を急ぐだろう。州議会・州知事がねじれ議会の州はなかなか進まないだろう。今年の中間選挙はそういった意味でも州議会の選挙も注目されそうだ。

あと、もう一つ言及しておきたいのは「最高裁が”民意”ではない判決をだした」「最高裁が保守に寄り過ぎた」「最高裁に不信感がつのる」という言い方だ。
最高裁判事は、上院議会のみで承認される。連邦議会の上院議会は、州の代表を2名送り込める。人口が数十万人しかいないVT州でも2名、人口が約4000万人もいるCA州でも2名という人口構成からしても歪んだ構成なのだ。
その歪んだ上院議会で最高裁判事が承認されているわけだ。しかも最高裁は終身なので、自らが引退しない限り、居座り続ける。つまり、このように「合衆国憲法に書いてないから州議会や連邦議会で決めてね」と立法府にボール投げてくるような判決は相次ぐことになるだろう。これは合衆国建国当時から続いている州と合衆国の権力争いであり、現最高裁が続く限りは、州の権限が強くなっていくだろう。

もっというと、最高裁判事の承認も60票必要だったのに、大統領が指名する人事の承認に事実上必要な賛成票を51票に引き下げたのはオバマ政権時代のハリー・リード上院院内総務が進めたわけだ。
トランプ元大統領が3名の保守的な最高裁判事を指名したわけだが、上院で承認しやすくなるキッカケをつくったのは民主党側だということを忘れてはならない。もっとも、60票の賛成が維持されていたなら最高裁判事や政府高官など空席が多くなり、別の問題が起こっていたということは容易に推察できるが。


もう一つ、信仰の面からも話しておこうと思う。
敬虔なクリスチャンなら 「神はすべての生命を創造している」と考えている。
基本的には中絶に反対なのだ(自殺も同様に反対)。神の意志で人をお造りになったのに、神の意志に背いて中絶することは罪深い行為なのだ。中絶反対派(Pro-Life)は出発点が神になる。

神は御自分にかたどって人を創造された。 神にかたどって創造された。男と女に創造された。

聖書  創世記 1:27 新共同訳

そして、 「天の父から与えられたものを守るのも私たちの責任」「神の意志に背いている」と捉えているクリスチャンも一定数いる。 ペンス元副大統領なんかは、今回の最高裁判決をうけて「連邦レベルで中絶を禁止しよう」と呼びかけている(引用元:The Hill)。 ペンス副大統領は、かなり敬虔な福音派プロテスタントなので、こういう発想になる。

一方で、中絶賛成(Pro-Chiose)は出発点が女性自身なのだ。なので”my body my choise”という発想になる。私の体なんだから、私に決める権利があるでしょ!となるわけだ。ここには神の意見は存在しない。”Bans Off My Body”というスローガンもよく見かけるが、私達の体だ!中絶規制を押し付けるな!という意味だろう。命と身体に対する権利が女性自身に与えられているべきと考える。

このように信仰のことを考えると、そもそもなぜ1973年にRoe vs Wadeが成立したのかが不思議に思えてくるが、当時はまだ福音派は本格的に中絶問題に取り組んでいなかったからというのが理由だ。中絶問題が政治化して定着していったのは1980年からでテレビ伝道師のジェリー・ファウエルが政治団体モラル・マジョリティーを創設していってからだ。プロ・ライフ団体(中絶反対運動)は、40~50年かけて議会に代表を送り込み、着実に保守派の最高裁判事を指名していったのだからたいしたものだと思う。

また、世界には、強い中絶制限がある国が一定数ある。これは野蛮だとか後進国だという理由ではなく、背景に「信仰」があることをわすれてはいけないと私は思うわけです。

https://reproductiverights.org/maps/worlds-abortion-laws/

米議会で可決した銃規制法案

本来なら民主党の大勝利である銃規制法案だが、できるだけまとめておきたい。

まず、”銃規制”とはいうものの、バイデン大統領や民主党が掲げていた銃規制からはかなり遠い法案になっている。銃の年齢購入引き上げもかなわなかったが、身元調査の拡大は実現した。特に、ずっと問題になっていた “Boyfriend loophole”がふさがれたのは、民主党にとっては大きな成果だろう。
今回の銃規制に盛り込まれたものは主に8つだ。PBSがまとめてくれたので、これをそのまま引用する。

1)身元調査の拡大。18歳から20歳までの銃購入者について、連邦政府の身元調査の対象となる。情報収集期間が最長10日間まで延長。解決されないまま10日間が経過すると、販売が成立。
2)“Boyfriend loophole”がふさぐ。家庭内暴力で犯罪歴がある人が、現在または親密な関係に該当される場合、銃の所持・購入が禁じられる。5年後に新たな暴力犯罪がなければ、銃器購入の権利が回復。
3)レッドフラッグ導入促進のために資金提供。導入しない州にも危機回避プログラムなどに資金を利用できる
4)メンタルヘルス対策強化。メンタルヘルス対策の遠隔治療など
5)学校のメンタルヘルス対策、安全管理対策に資金提供
6)銃販売業者の要件拡大
7)銃の密売人と、身元調査を通過できない人が銃購入した“straw purchasers”に対して連邦犯罪を設ける
8)上記1)~7)の合計予算は$130億

共和党が14名も賛成したのにはやはり何かあるわけで、マコネル上院院内総務は、全米ライフル協会とも水面下で協議しつつ上院内で交渉を進めていたとのことだ。民主党と交渉していたコーニン上院議員もNRAとNSSFと相談しながら進めていたとのことが報告されている(引用元:The Hill
まぁNRAは表立っては反対しつつも、ちゃっかり裏で交渉していて不利にならないよう進めていたというわけですね。どうりで規制が高まりそうだと銃メーカーの株価は動くのに、今回はあまり動かなかった(むしろ上がった)わけですかね。もちろん、相場全体の動きもあると思いますが。

あとは、今回賛成した共和党議員の中ではトゥーミー議員、バー議員など今年で引退する議員もいるので、バイデン大統領や民主党が本来やりたい銃規制については今後実現するかはかなり難しいのではないかと思う。