学生ローン債務免除の違憲判決と今後の流れ/米最高裁はOriginalism(始原主義)・Liberty・Pro-religion

米議会は先週書いたように、7/4の独立記念日をはさみ先週から休会に入っています。先週は米最高裁の重要な判決がいくつもでたので、整理します。

①学生ローン債務免除の違憲判決とバイデン政権による新たな免除措置を発表

バイデン政権(正確には米教育省)が実施した the Heroes Actに基づいた学生ローンの債務免除措置は違憲判決がでた。the Heroes Actは戦争などの軍事作戦、国家非常事態に関連して長官が必要と考える場合には学生ローン解約する権限を教育長官に与えている法律だ (引用元:Vox
今回の最高裁の判決では、 the Heroes Actという法律を適用してバイデン政権は 学生ローンの債務免除ができないという判決がでている。

バイデン政権はすでに別のプランを準備していたようで、今回の最高裁の判決がだされると即座に1965年に制定された高等教育法(the Higher Education Act)に基づく債務免除措置を進めることを発表した。この the Higher Education Actは、中等教育・高等教育の学生に対する財政支援、奨学金、ワークスタディプログラムなどをルール化している。この中で最も重要なのが低金利の連邦政府による学生ローンだ。1972年にペル・グラント(低所得者向けの連邦政府補助金)ができたのもこのthe Higher Education Actに基づいた措置だ。

この the Higher Education Actは、教育長官に対して学生ローンの“compromise, waive, or release” を認めている。要は、債務免除を認めているのだ。過去にも61万人の学生ローンを抱える人に対して債務免除(約$480億相当)を行ったことがあるので権限はある。しかしながら、国家非常事態に関連した the Heroes Act と異なり、今度はプロセスが長期間になり通常は1年間になる。ホワイトハウスは、/18には公聴会を実施するとすでに発表されている(引用元:CBSWhitehouse

Negotiated rulemaking(政府機関の代表者とその規則によって影響をうける団体との交渉で決めていく)で規則を決めていくことを基本として、30~60日のパブリックコメントも受け付ける。場合によっては、規則が有効になる前に議会での審査が必要になる(引用元:VOX

the Higher Education Actでは、教育長官に学生ローン債務免除の権限はある。そして、一部の学生ローンを抱える人に債務免除を実施してきた実績をもつ。その点には疑いがない。
しかしながら、また不公平だと感じる大学に行っていない人たちを中心に訴訟は起こるだろう。 最高裁の判断に基づき、連邦裁判所で却下・棄却される可能性があるかもしれないし、もし最高裁までまた進んだとしたら 私の予測としては “major questions doctrine( 重要問題法理)”が発動するのではないかということだ。
私の予測としては年収制限はありつつも約4500万人もの学生ローン債務をもつ広範囲な人たちに対して影響が大きいので 連邦機関が経済的・政治的に重大な問題に対処する場合、その問題に対処するための「明確な議会の委任」がなければならないとする考えだ。この考えは、EPA v. WestVirginiaの裁判で最高裁が一度だしている。もしくは、the Higher Education Actで債務免除を実施する人は、今までと同じくらいの人数(だいたい100万人以内)で様々なパターンで進めるかどうかだ。

いずれにせよまだ続くし、the Higher Education Actで進めていくようなら来年の選挙には間に合うと思うが、再度訴訟がおきて決着するところまでは進まないだろう。

それにしても、バイデン政権は「最高裁が間違った判断をした」と発言しているが、学生ローン債務免除は米議会は予算権限をもつので立法で可決させすれば可能だ。米議会で可決すればいいだけなので、来年の総選挙で上下院で民主党が勝利すれば実現できるのだ。

ちなみに、学生ローンについて9月から利息再開、10月から支払い再開するため以下の緩和措置をバイデン政権は設けた。詳細はこのホワイトハウスのページをご覧ください。

・2023年10月1日から2024年9月30日までの12ヶ月間は、支払いが滞っても信用情報機関に情報提供しない。また、通常なら270日支払いが滞ったら債務不履行になるが、そのようにもしない。
・Saving on a Valuable Education (SAVE)プラン導入により、収入に応じた返済プランで毎月の返済額が緩和される措置。教育省が金曜日に最終決定したこのプランでは、年収$32,800以下で学生ローン債務を抱えている人は返済額がゼロになる。教育省は、それ以外の借り手は年間少なくとも1000ドル節約できる返済プランを用意した。


②条件つきで従業員の信仰を受け入れる義務

GROFF v. DEJOY, POSTMASTER GENERALの判決で、「雇用主の事業に過度の負担(undue hardship on the employer’s business)」を与えない限り、労働者の信条を受け入れることを義務付ける決定をした。
この訴訟は、信仰のために日曜日に働くことを拒否したことで福音派クリスチャンのグロフ氏とUSPSがトラブルになり宗教差別をしたとしてグロフ氏はUSPSを訴えた。
過度の負担にならない限り、USPSは彼の信条を受け入れるべきだとする判決を最高裁は全会一致で下した。

③LGBTQ+と信仰

303 CREATIVE LLC ET AL. v. ELENIS ET ALの判決では、賛成6と反対3で キリスト教福音派のロリー・スミスさんを支持する判決となった。スミスさんが訴える憲法修正第1条を支持する判決となった。 ゴーサッチ最高裁判事は、原告の修正第1条に基づく表現の自由は、この場合は同性婚を支持する表現をしない権利であり、性的指向による差別を禁じるコロラド州法より優先されるとした。

この訴訟は2016年、コロラド州リトルトンでウェブデザイン会社を経営するキリスト教福音派のロリー・スミスさんが提起。同性カップルにサービスを依頼された場合、州の差別禁止法の適用を免れられるように求めていた。デンバーの連邦裁判所は、性的指向にかかわらず顧客を平等に扱うことを事業者に義務づける州法をないがしろにするような憲法上の権利はないと判断していた

https://jp.wsj.com/articles/supreme-court-rules-web-designer-can-refuse-work-on-same-sex-wedding-announcements-9f807145

また、憲法修正第1条とは、以下のような内容だ。要はある特定の何かを支持する表現をしない権利も「言論の自由」と定義したということですね。

修正第1条[信教・言論・出版・集会の自由、請願権][1791 年成立]
連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、 ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、こ れを制定してはならない。

https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2569/

賛成を投じた6名の判事は判決文に以下のように述べているが、憲法修正1条を合衆国にとって重要だと考えているのがよくわかります。 ”most cherished liberties” ということですね。
“The opportunity to think for ourselves and to express those thoughts freely is among our most cherished liberties and part of what keeps our Republic strong,”
また、ゴーサッチ判事は”憲法修正第1条は、すべての人が政府の要求ではなく、自分の望むように自由に考え、発言できる豊かで複雑な場所としての米国を想定している “とも意見書に書いている。


現在の最高裁は、Originalism(始原主義)・Liberty・Pro-religion

何度も書いているが、現在の最高裁6名は「保守派」と考えないほうがいい。共和党大統領が指名したことは確かではるが、「保守派」と考えると理解しづらくなる。彼らは別に共和党が有利になる判決をだしているわけではない。つい先日のゲリマンダに関するAllen v. Milliganでは民主党に有利な判決をだした。

まず、現在の最高裁は極めてOriginalism(始原主義)だ。始原主義とは、権利章典については1791年、州政府の権限に制限を課す憲法修正第14条については制定された1868年など、導入された当時の公的な意味の理解に基づいて、憲法の条項を適用するという考え方だ。
その影響なのか、過去の判例を覆すことに対して躊躇しない。

もっと始原主義について詳細を知りたい方で、専門書を読むまでは嫌だという方はこのWSJの記事(米最高裁に野心的保守主義の新時代)が理解を進めてくれる。

次にLiberty。今回の303 CREATIVE LLC ET AL. v. ELENIS ET AL では、憲法修正第一条を極めて重んじる判決をだしてきた。”Liberty”とは、「政府に干渉されずに自由に行使できる個人の権利」だと翻訳することにしている。この判決で、 ”most cherished liberties” と意見書を書いてきた通り、 憲法修正1条を合衆国にとっていかに重要かと考えているのがよくわかりました。

最後に、先週の一連の判決でよくわかったのはPro-religion(信仰者にとって有利)な判決をだしてくるということだ。 303 CREATIVE LLC ET AL. v. ELENIS ET AL 、 GROFF v. DEJOY, POSTMASTER GENERAもいずれも信仰に関しては重要な判決となった。
ロバーツ米連邦最高裁判所長官の約20年にわたる在任中、米最高裁は様々な意味でアメリカにおける信仰の自由の意味を再定義してきた。最高裁は信条を真摯に信じる人々の強固な擁護者となっただけではない。また、長年にわたる法的解釈を覆し、憲法修正第1条の宗教条項と言論条項の意味に関する過去の判決を覆すことをためらわない裁判所となった。

During the nearly two-decade tenure of Chief Justice John Roberts, the nation’s high court has in many ways redefined the meaning of religious freedom in America. The Supreme Court has become not only a robust defender of those with sincerely-held religious beliefs. It has also become a court not shy about upending long-standing legal traditions and overturning previous decisions about the meaning of the First Amendment’s religion and speech clauses.

https://www.csmonitor.com/USA/Justice/2023/0630/How-religious-liberty-became-the-Roberts-court-s-North-Star

ロバーツ米連邦最高裁判所長官は、私立の宗教学校への公的資金投入や公立学校職員が公に信仰の表現をすることを認めることで、「政教分離」の根拠とされる憲法修正第1条の確立条項の意味を再定義した。また、歴史的に重要な宗教的モニュメントを政府所有地に展示し続けることも認めている。


最後になりますが、米最高裁がだした大学におけるアファーマティブ・アクションの違憲判決についても書きたいのですが、これは大学だけでおさまらないので別の機会に。
反アファーマティブ・アクション活動を推進してきたEdward Blum氏は、「Alliance for fair board recruitment v. sec 」で SECに対して訴訟起こしています。ナスダック証券取引所の規則「上場企業は2026年までに少なくとも1人の女性と1人の人種的マイノリティもしくはLGBTQを自称する人を役員に任命し、報告書を公表することを義務づける」に対してもすでに訴訟を起こしているんですよね(引用元:ロイター)。この話はまたどこかで。