米議会は上下院ともに休会中です。4つの重要法案が同時並行して進んでいるので、今一度整理しておきます。
1. $3.5兆(10年間)の財政調整法案
2. インフラ法案(新規支出は上院では$5500億/下院では$7600億)
3. 債務上限引き上げ法案
4. 2022年度年度予算(10/1から2022年度予算になる)
必要票 | 共和党上院 | 民主党上院 | |
$3.5兆の財政調整法案 | 50 | ほぼ全員反対 | 2名以外は大賛成 |
インフラ法案 | 60 | 18名賛成 | 全員賛成 |
債務上限引き上げ法案 | 60 | 46名大反対 | ほぼ全員賛成 |
2022年度年度予算 | 60 | 超党派で交渉 | 超党派で交渉 |
現在の上院議会では共和党50議員、民主党50議員という同数の議席数。上院は複雑な手続きで法案審議を進めていくわけですが、審議を進めていく上で60票必要な時がでてきます(クローシャー投票)。このことから、上院議会は法案を可決するために60票が必要になると考えられています。下院議会は単純過半数で可決します。
この60票が基本なんですが、年度に1回だけ法案作成できる「財政調整措置」を利用すれば、上院に必要な票は過半数(50票)です。
この財政調整措置に、債務上限引き上げ法案を含めれば50票で可決するのですが、民主党指導部はこの選択をしませんでした。理由は、債務上限の全責任を民主党が抱えるような法案の見せ方にしたくないためだそうですが、今後はどうなるかわかりません。既出の財政調整法案の予算決議には債務上限引き上げが含まれていないようなので、現段階では60票必要ということで進めます。
1. $3.5兆の財政調整法案
8月11日現地時間の夜明け頃に、上院議会では財政調整法案のための予算決議を50票で可決しました。財政調整法案の最初のステップは、予算決議の可決です。
この予算決議は、各委員会に予算が振り分けられており、9/15までに予算作成するよう指示されています。通常なら、予算委員会での可決→本会議というステップですが、いきなり本会議での可決にしていましたね。
まず、この予算決議には、強制力がある項目がいくつかあります。
【1】年収$40万を下回る世帯には課税してはならない。
【2】財政赤字は$1.75兆までしか増やしてはならない。
$1.75兆は歳出削減などで賄う必要がある)
【3】小規模ビジネスや、家族経営の農場に新たな税を課してはいけない
なお、9/15までに予算作成するというのは強制力はないので送れる可能性は多分にあります。
以下は、予算委員会が発表した各委員会に振り分けた予算です。
指示内容は私がピックアップして意訳しています。詳細の指示予算内容が知りたい方は、予算委員会で発表された資料をご覧ください。
割当委員会 | 割当予算 | 予算作成指示内容 |
財政委員会 | $1.8兆 | ・有給の家族医療休暇 ・メディケア対象年齢拡大 65歳→60歳 ・メディケア拡大(歯、眼、聴覚の給付) ・ 炭素排出量の規制がゆるい国からの輸入税 ・Child Tax Creditの延長 ・法人税・国際税の変更 ・高額所得者の増税 ・クリーンエネルギー等への優遇税制措置 ・ メディケイドのカバレッジギャップを埋める ※最低でも10年間で$10億の赤字削減 |
衛生・教育・労働・年金 | $7264億 | ・授業料無料のコミュニティカレッジ ・プレキンダークラス( 3-4歳)無償化 ・チャイルドケアの補助 ・労働力開発と職業訓練の充実 |
銀行・住宅・都市 | $3320億 | ・手ごろな価格の住宅投資 ・家賃支援 ・住宅購入支援 |
エネルギー・天然資源 | $1980億 | ・クリーン電力への Payment Program ・電化住宅のための消費者向けリベート ・クリーンエネルギーおよび自動車(部品製造も含む)を国内で製造する企業への融資 |
農林委員会 | $1350億 | ・農村でのクリーンエネルギー投資 ・山火事防止、栄養プログラム |
商業・科学・運輸 | $830億 | ・National Science Foundationへの投資 ・テクノロジー、交通などへの投資 |
環境・公共事業 | $670億 | 太陽光発電や気候変動に対応した技術への資金提供。クリーンな乗り物への投資 |
国土安全保障 | $370億 | ・連邦車両のEV化、連邦政府所有の建物の電化 ・サイバーセキュリティインフラ改善 |
司法 | $1070億 | 移民への永住権付与 |
インディアン部族 | $200億 | 先住民の教育・住宅プログラム |
中小企業 | $250億 | 小規模企業の信用、投資、市場へのアクセス |
退役軍人 | $180億 | 退役軍人施設への投資 |
予算決議には、そこまで具体的に書かれていません。詳細の予算作成指示も「こんな方向を盛り込むんだよ」というもので、強制力はないようです。
なので、これ以上の情報は、各委員会の動きを見守るしかない状況です。現時点では上院の各委員会の予定が1件も入っていないので9/15ギリギリに発表されるとみておいてよいのではないでしょうか。
また、マンチン上院議員は、財政赤字拡大を深く懸念しているため赤字が増えないラインの$1.75兆より下回る額を支持するのではないかと私は予測しています。
マンチン上院議員の去年~今年の発言をまとめると、以下の通り。
・財政調整法案は$2兆程度が妥当
・メディケアの年齢引き下げ65歳→60歳には反対
・キャピタルゲイン税は21%→28%が妥当
・法人税は21%→25%が公正
前回のAmerican Rescue Plan時のマンチン上院議員の交渉力をみると、彼が妥協することはないでしょう。
さて、下院でも予算決議を可決する必要があります。下院議会は休会を返上して上院が可決した予算決議を8/23と24に可決させる予定です。下院予算委員会は、今回は上院予算委員会の決議を待つという判断だったので、やっと下院予算委員会も動けるようになったわけです。
2. インフラ法案
先日、上院議会ではインフラ法案(新規支出では$5500億)を可決しましたが、下院議会では6月末に$7600億のインフラ法案を可決しています。下院は、上院超党派の交渉を完全に無視して進んだというわけです。
まず、下院と上院で可決した法案では$2100億の相違がありますが、主な相違点は以下の二つです。
①飲料・廃水インフラ:$550億(下院は$1680億)
②EV用充電ステーション構築&zero-emissionバス:$100億(下院は$500億)
特に 飲料・廃水インフラで$1100億のギャップがあるので、ほとんどここですね。次に大きいのが充電ステーションで$400億のギャップ。 このギャップについて、下院運輸委員会委員長は憤っています。ツイートでも発信していますし、下院で変更が入る可能性が大きいです。 その変更を入れた法案を、上院が再度可決するかどうかは疑問が残ります。なお、多くの人が懸念していた仮想通貨に関する条項も House Blockchain Caucusが動いているので変更が入ると思われます。修正条項が民主党内で指示されるかは現段階ではまったく見通しがついていません。
また、ペロシ下院議長は、「①$3.5兆の財政調整法案」が可決しない限り、インフラ法案を下院で審議しないと宣言していますし、下院民主党最大の派閥であるプログレッシブコーカス(約100議員)のうち約半数がペロシ議長の判断を強く支持して、もし採決されたら否決すると宣言しています。
民主党下院議員穏健派ペロシ下院議長に「インフラ法案を先に採決しよう」とお願いしたようですが却下されました。
3. 債務上限引き上げ法案
債務上限の一時停止措置が7月末に終了した。
債務上限とは、米政府が国債発行等で借り入れができる債務残高の枠だ。米議会の承認を得ないと、上限を引き上げられない。連邦政府の財布は米議会が握っているというわけなんですよ。
新たに国債を発行するには、停止期間の延長や上限引き上げといった対応が必要て 、新規発行ができなくなると、デフォルトに陥ることになる。イエレン財務長官は8月中に法案可決せよと発言してますが、CBOなどの試算では10月まで大丈夫じゃないかということ。とはいえ、財政調整法案と審議期間が重複するのが厄介ですね。
引き上げ方には二通りあるんだが、民主党指導部は先に述べた通り、財政調整措置に含めないことを決めた。今後、法案の進め方によって、どういうことが予測されるかを箇条書きで書いた。民主党指導部がデフォルト回避で財政調整措置に含めることを判断したら、2022年中間選挙で負ける覚悟をしていることになるかもしれない。逆に、単独法案のまま可決しようとすれば、2022年中間選挙を強く意識した上の行動なのかなと考えられる。
法案の進め方 | 必要票 | 予測されうること |
単独法案 | 60票 | ・共和党から少なくとも10数票必要だが、交渉は極めて難しい ・交渉が難航して財政調整措置で妥協を求められる可能性大。 ・デフォルト懸念が強まる可能性 |
財政調整措置に含める | 50票 | ・マンチン議員、シネマ議員との交渉が必要 ・デフォルト懸念は全く起こらない ・財政赤字を増やした全責任が民主党になるので2022年中間選挙で民主党穏健派には不利になる |
債務上限法案の問題は、2022年中間選挙と深く絡み合っている。単純に財政調整措置に含めてデフォルト回避すればいいじゃんと考えるのはやめておいた方がいいと私は思っている。
4. 2022年度年度予算
米国の会計年度は、10月1日で切り替わる。したがって2022年度予算もそれまでに可決する必要がある。ただ、例年通り遅れるだろう。
こちらも10/1までに、せめて「つなぎ予算(暫定予算)」を可決しないと、政府閉鎖に陥るので、念のためチェックしておきたいところだ。
2022年度予算については、①~③に比べれば、今のところ懸念材料ではないといえるだろう。
5. 今後の米議会上下院スケジュール
先に述べた通り下院議会は一時的に休会を返上して8/23、24に予算決議を可決する予定だ。その後は、8/31から委員会活動に入り、Labor Dayで連休に入るが、基本的には委員会活動が再開している。9/20から下院本議会での投票がスタートする予定となっている。仮に財政調整法案が下院で9/20に可決したとして、インフラ法案は最低でも9/20の週になるだろう。
まあ、下院議会はリモート投票ができる規則なので、ワシントンに戻ってこなくても速やかに投票できる。
一方で、上院議会はリモート投票を規則で認めていない。投票するなら議員はワシントンに戻らないといけないのが上院議会だ。
上院議会は本日時点で委員会予定が一つも入っていないので予定がみえていない。9/13から本会議は再開予定となっている。
最後になるが、おそらく下院が予算決議を可決する8/23-24までは、米議会について特に大きな動きはないと思われる。
議員が地元に戻っている時に、いろいろ発言するだろうなくらいでしょうね。マンチン上院議員とシネマ上院議員の発言には引き続き、注目しておきたい。