書評「Gold Wars いまなぜ金復活なのか」フェルディナント・リップス

いまなぜ金復活なのか―やがてドルも円も紙屑になる
著者:フェルディナント・リップス
訳者:大橋貞信
出版社:徳間書店 (2006/10)

◆ 読むキッカケ

吉田繁治氏が2018年9月19日号のメルマガで紹介していて、取り急ぎ購入。
すぐに読んだが、ここ数カ月、ゴールド価格が上昇してきているので再読。

【代理人が書いた本】
参考になったのは、ロスチャイルド家の代理人、スイスのリップス・バンクのフェルディナント・リップスの『Gold War』です。英語が煩わしくない方は、原書を読んで下さい。アマゾンに2391円で出ています。
1/3くらいの抄訳が『いまなぜ金復活なのか』です。用語も変えています。アマゾンでは、今1円で中古品が売られていてびっくり。いい本であっても「読める人がいなかった」からでしょうか。『Gold War』は2000年までですが、それまでの金に関する本では最高の内容です。
チューリッヒの金市場で売買を行っていた当人が書いているからです。ロスチャイルド家が出版をさせた理由は、分かりません。代理人が本を出版するには、当家の許可が要ります。
【転身か?】
金商人だったロスチャイルド家が、2000年まではドルの側に身を置き、2000年代からは、金と、世界1の産金国になった中国の人民元の側に、シフトしたからかも知れません。

吉田繁治 180919 ビジネス知識源プレミアム:金と基軸通貨:歴史的な展開と今後の予想(4)

◆ 目次

プロローグ
第一章 金本位制は過去の野蛮な制度なのか
第二章 ドルの信認が低下し続ける時代
第三章 ドル危機によってもたらされた金の乱高下
第四章 金はなぜ1990年代を通じて低迷を続けたか
第五章 スイスの金をめぐる疑惑
第六章 ドイツの金に何が起きたのか
エピローグ
訳者あとがき

◆ 概要

著者、フェルディナント・リップスは、様々な金融機関に所属し、1968年にはチューリヒ・ロスチャイルド銀行の設立に参画した。スイス金融界の重鎮でもある。この本の前半は、第一次世界大戦までの「金」通貨の歴史にはじまり、第一次世界大戦後、第二次世界大戦後からニクソン大統領の金兌換停止について、どのような経緯があったか。後半は、デリバティブ登場による金価格の乱高下や、スイス中央銀行が金を手放すことになった流れなど、「金」をめぐる様々な歴史が書かれている。彼は金取引の中心であったロスチャイルド社出身なので、「金兌換制度が正しい」という視点から「金」に関する歴史をみているので、ドル覇権や、それを望む人たちに対しての批判も多数ある。
リップス インスティテュートでは、彼が書いた記事をPDFで公開しているので無料で読むことができます。

◆ 本文からの抜粋

今日の世界では各国の政府がそれぞれの通貨に対する責任を有していることになっている。政治に支配された通貨に安定した購買力を持たせる方法など存在しないのである。 (中略) 継続的に減価する、しかも返済されることのない債権つまり国債と交換に自国の金準備を減少させているのだから、真摯に最善を尽くしているとは言い難いのである。

プロローグ

第二次世界第二次大戦末期の1944年7月にニューハンプシャー州のブレトン=ウッズに44カ国の代表が集まった。戦後の国際経済体制について話し合うためと言う名目だったが、実際にはアメリカドルの優位性、そして各国の中央銀行が金に兌換できる唯一の通貨をドルとすることを各国政府に受け入れさせる、アメリカの世界に対する命令以外の何物でもなかった。かくてアメリカはドル札をすることで海外の企業を買収する資金も輸入代金を支払う資金も手に入れられるようになったのである。このような横車がまかり通るのも当然で、ブレトン=ウッズ会議の参加国のほとんどが、アメリカが戦うことをやめるか、あるいは武器貸与などの物資援助を止めるだけで破滅してしまうと言う極めて特異な状況下で開催されていたのである。アメリカは援助を与えることにやぶさかではなかったが、会議におけるアメリカの発言力が他を圧するようなものだったことに間違いはない。 ブレトン=ウッズ会議では、世界銀行と国際通貨基金IMFの設立が決定された。世界銀行は加盟各国の復興と成長支援する投資機関として誕生した。一方のIMFは、加盟各国の対外収支の不均衡を一時的に補填するための機関として発足した。
ブレトン=ウッズ体制のもと、アメリカには1オンス35ドルと言う平価を維持する責任があった。またアメリカ国内で金の保有が重罪とされていたことを思うと皮肉としか言いようがないが、アメリカは対外収支で赤字が生じた場合、黒字国の中央銀行に対して金で支払を行う義務があった。ところが、後者の義務はしばしば履行されなかったのである。アメリカからの金引き出しを防ぐべく外交的圧力が用いられることもあった。

第二章 ドルの信認が低下し続ける時代 P.45

1969年には国際金融の世界でもう一つ重要な動きがあった、特別引出権SDRの創出である。仕組みを考案したアメリカ財務省のファウラー長官並びにボルカー次官(のちのFRB議長)は、これを世界を金不足を補うペーパーゴールドだと胸を張った。確かにSDRは一定量の金に相当するものとして、その価値を表示されていたわけで、その名称にはそれなりの根拠があった。もっとも、本当の問題は金の現物の不足ではなく、ドル紙幣の過剰だったのだが。
SDRは、いってみれば中央銀行だけが保有できる、特別な外貨準備であった。市場で投機の対象とされることがない分、アメリカの対外支払い能力に対する市場の不振が表面化せず各国にとっては安全だったのである(中略)このようにアメリカにとってばかり都合の良い仕組みに各国が乗ったのは当然ながらアメリカ政府がIMFの加盟各国に強い圧力をかけたおかげだった。SDRが成立しなければ各国が保有するドルが金に出元されなくなるかもしれないと脅しをかけたのだ。

第二章 ドルの信認が低下し続ける時代 P.63

1971年、ニクソン大統領は金兌換の停止を発表し、外国が保有するドルを財務省が金で召喚することを禁止した。これは金の支払い不履行及び国際通貨協定の拒絶に他ならず、1980年代に発生することになる第三世界諸国の債務不履行と実質的に変わるところがなかった。

第三章 ドル危機によってもたらされた金の乱高下 P.72

アラブ人のほとんどが債券や株式を理解しておらず、余剰資金は不動産屋金に投資された。聖書の時代から、金は富を保蔵し、次世代へと引き継いでいくための最良の手段であったが、事情はコーランでも変わらず、金は彼らにとってなじみ深い投資対象、価値保蔵手段だったのである。遠い将来、彼らの石油埋蔵量が枯渇したとしても金は手元に残るのだ。そして金は石油と異なり消耗することがない。アラブ人投資家による多額の金の購入は彼らが信用するスイスの銀行を通じて行われた

第三章  ドル危機によってもたらされた金の乱高下 P.85

1979年11月、アメリカ政府はニューヨーク連邦準備銀行にあるイランの金を速やかに凍結した。(中略)資産を凍結されたイランは、恐怖に駆られてチューリヒで金を買い始めた。イランの隣国で、石油収入で潤うイラクも、釣られるようにして金を大量に買い付けた。湾岸の大国による金の対流購入こそがほんの数週間で金価格が800ドル以上まで上昇するもう一つの原動力だった。

第三章  ドル危機によってもたらされた金の乱高下 P.97

中央銀行は保有する金を元手に定期的に利子を受け取る一方で、金鉱山会社は、現金と将来の金価格下落に対する保険を確保した。
(中略)
金市場において価格操作をしたいと思えば、中央銀行にもっと金を貸し出し、鉱山会社にもっとヘッジをするよう説得するだけでよかった。そして投資銀行家は手数料が増大していくのを黙って眺めていればよかったのである。金価格が下落すれば、中央銀行の資産は毀損され、まともな鉱山会社の経営は苦しくなるのである。

第四章  金はなぜ1990年代を通じて低迷を続けたか P.123

多重債務で苦しむ最貧国の42カ国のうち、30カ国以上が産金国であり、そのうちに年間産金量が3トンを超える国が少なくとも12カ国存在する。(中略)
サハラ以南の国々は、金によって年間およそ70億ドルの外貨収入を得ている。金価格の回復を妨げる最大の要因は。中央銀行や公的機関による金の売却及び売却の懸念である。このことが開発途上国における金鉱山業の発展を妨げており、ひいては金を算出する多重債務貧困国が安定した真の経済成長を成し遂げる可能性を長いこと奪ってきたのだ。
(中略)
金鉱山会社は自ら生産した金ではなく中央銀行やプリオンバンクから借り入れた金を売却していた。将来生産する金によって借り入れを返済することを貸し手に約束することで、銀行さん会社は借り入れた金を売却して現金を手にしたのだ 。

第四章  金はなぜ1990年代を通じて低迷を続けたか P.147~149

 実はIMF協定は通貨に金の裏付けを持たせることを禁じているのである。つまりスイスフランと金の間の、長い歴史を持ちつながりが切断されたのは、スイスが実際に金本位制を廃止した1996年ではなく、IMFに加盟した1992円だったのだ 。

第五章 スイスの金をめぐる疑惑 P.159

もともとIMFはブレトン=ウッズ体制の枠組みの中で、固定為替相場制の運営を円滑なものとするために設立された期間だった。ところが、1971年8月15日にアメリカのニクソン大統領がドルと金との兌換を停止すると、ブレトン=ウッズ体制そのものが崩壊してしまい、IMFの設立以来の存在目的は消滅することになった。そして、IMFは発展途上国の大河支払い資金を融資する機関として生まれ変わった。組織防衛の見事な成功である。

第五章 スイスの金をめぐる疑惑 P.160

小国スイスの銀行が国際的な投資ポートフォリオの大部分を取り扱う、世界で最も力のある金融機関になりえたのは、ブレトン=ウッズ体制の崩壊後の世界で唯一金に得られた通貨であるスイスフランに絶大な信用があったからこそだった。つまりスイスはIMFに加盟することで、世界で唯一金の裏付けを保持していた通貨を放棄したのみならず長期的には世界の巨大金融センターとして提出した立場にまで脅威を及ぼしたのである。

第五章 スイスの金をめぐる疑惑 P.161

1999年5月7日、イングランド銀行が金準備のうち415トンを売却する予定であるとイギリス財務省が発表した。

第五章 スイスの金をめぐる疑惑 P.198

スイスでもイギリスでも金本位制時代の中央銀行は、堅実な通貨運営のお手本として尊敬されていた。特にイギリスが金本位制下にあった時、イングランド銀行は世界で最も影響力のある中央銀行であった。かつては尊敬され、賞賛される帝国であったイギリスは、第一次世界大戦で金本位制をいちど放棄して以来衰退の一途をたどっている。

第五章 スイスの金をめぐる疑惑 P.205

ブリオンバンクは各国の中央銀行から元本の1%足らずの利子で金を借り入れ、売却し、それによって調達した資金をより高い利回りをもたらす金融商品に投資するのである。金価格が低く保たれている限り、金キャリートレードは多額の利益をもたらすものである。

エピロローグ P.244

◆ 全体を通しての感想や考察

1970年、ニクソン大統領が金兌換停止した事実は知っていたが、外国が保有するドルを米財務省が金で償還することを禁止したというのはとても衝撃的だった。海外が保有するドルって、米国にとっては負債ですよね。要は負債を踏み倒したってことだ。そもそもこの時、ニクソン大統領は破滅的な財政赤字を抱えて、ドルを金で償還する能力を失っていた。前大統領の時に開始したベトナム戦争で巨額を費やしたからね。金兌換停止というのは、ドルの価値が維持不可能になったために、実施となった。プラザ合意も、日本の立場からすると円の切り下げをされたことなんだけど、米国にとっては赤字縮小ですよね。円を約半分に切り下げするだけで、米国の負債は半分になるという魔法のような仕組み。
こういう流れで考えると、米国債を大量保有するだけでなく貿易赤字の問題もある「元」の切り下げはどう考えても必須であるし、日本も米国債を大量保有しているので第二のプラザ合意がいつあってもおかしくないだろう。

また、衝撃的だったのは、産金国の悲劇だ。結局のところ、産金国は流通価格を欧米に握られてしまったので、「金」という価値がある資源があるのに、貧困国から未だ抜け出せていない。そして驚くことに、最初に金をブリオンバンクから借りて売っておいてから、実際に現物を産金して返すというサイクルになっていることだ。もうこのサイクルに入ってしまうと、どう考えても金価格が上下することで破滅に陥るだろう。流通価格を決められないということは、致命的だということは、原油価格で学んだが、産金国もまたしかりだ。

あとは、スイスフランがなぜ強いかというのは、全く知らなかったが、それは金に裏付けられた通貨だったという歴史的事実があったのを知れたのは大きかった。IMF参加以前は準備通貨の40%は金で準備すると憲法で定められていたわけだし、IMF参加後の1999年に半数以上を売却したとしても、それでも未だ1040トンほど保有していて世界で7番目だ。尚、ユーロ通貨についても2017年時点で外貨準備の3割は金であり、欧州にとっての金の価値は未だ健在なのかもしれない。

欧州の銀行家といえばロスチャイルドなんだが、「金取引」といえば、ロスチャイルド社だったということは知らなかった。1919年からロスチャイルド社に固定メンバーが集まって、取引を行っていたということを知らなかった。まさに金取引と言えば、ロスチャイルド社だったのだ。ドル覇権になってしまったことに対しては、フェルディナント・リップスは失望であり、怒りがあるのであろう。そういう意味で、この本はドル覇権に対しての恨み節という側面もあるだろう。

著者のフェルディナント・リップスは、「あらゆる国々が世界市場で自国の通貨が下落することを望んでいる。最高の防衛手段は金なのだ。金本位制に再び戻る」と予言をしているが、その可能性はあるかもしれないが、通貨の切り下げ、切り下げで米国は生きながらえていき、私が生きている限りは(平均寿命まで生きると仮定)、なんとかドル覇権が続くかもしれないし、そうはならないのかもしれない。まさか、フェルディナント・リップスは既に亡くなっているが、彼はまさかLibraなどの通貨がでてくるとは思いもしなかっただろう。
金本位制になるかどうかはわからないが、「金」の歴史を知り、ドル覇権がどのように構築されたかを「金の教皇」とよばれたフェルディナント・リップスの視点からみることは意義があるだろう。