書評「銃・病原菌・鉄」上下巻

「銃・病原菌・鉄  1万3000年にわたる人類史の謎 」(草思社文庫)
ジャレド・ダイアモンド (著), 倉骨彰 (翻訳)
出版社: 草思社 (2012/2/2)

◆ 読むキッカケ

会長から紹介があり、面白そうなので、とりあえず購入した。
そのせいか、1年間、積読になっていました…

◆ 目次

プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの

第一部 勝者と敗者をめぐる謎
 第一章 一万三千年前のスタートライン
 第二章 平和の民と戦う民の分かれ道
 第三章 スペイン人とインカ帝国の激突

第二部 食料生産にまつわる謎
 第四章 食料生産と征服戦争
 第五章 持てるものと持たざるものの歴史
 第六章 農耕を始めた人と始めなかった人
 第七章 毒のないアーモンドのつくり方
 第八章 リンゴのせいか、インディアンのせいか
 第九章 なぜシマウマは家畜にならなかったのか
 第十章 大地の広がる方向と住民の運命

第三部 銃・病原菌・鉄の謎
 第十一章 家畜がくれた死の贈り物
 第十二章 文字をつくった人と借りた人
 第十三章 発明は必要の母である
 第十四章 平等な社会から集権的な社会へ

第四部 世界に横たわる謎
 第十五章 オーストラリアとニューギニアのミステリー
 第十六章 中国はいかにして中国になったのか
 第十七章 太平洋に広がっていった人びと
 第十八章 旧世界と新世界の遭遇
 第十九章 アフリカはいかにして黒人の世界になったか

エピロローグ 科学としての人類史

◆ 概要

ニューギニア人ヤリが投げかけた問い「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」から、エピロローグがはじまる。現代世界の格差はどこから生まれたのか?という壮大なテーマに挑んでいる。こういうテーマに出会うと、人種による優劣という話になったのが一昔前だが、それを否定するところからはじめている。キーになるのは、栽培可能な食物、家畜可能な動物がどの大陸にどれだけいたか、その伝搬はどうだっただ。各大陸の地理、動植物の知識を総動員しての壮大な人類史だ。

◆ 本文からの抜粋

現存している病気を調査分析してみると、動物由来の病気は、4つの段階を経て、人間だけがかかる病気に変化することがわかる。
(中略)
つまり、われわれが病気にかかるのは、病原菌が進化し続けていることを示している。そして、病原菌は、新しい宿主や媒介動物に適応すれば生き残り、適応できなければ自然淘汰によって排除される。

「 銃・病原菌・鉄 上巻」 P.386 家畜がくれた死の贈り物

病原菌はヨーロッパ人だけに好都合に働いたわけではない。南北アメリカ大陸とオーストラリア大陸にはヨーロッパ人を待ち受ける土地特有の集団感染性は存在しなかったが、熱帯アジア、アフリカ、インドネシア、ニューギニアはそうではなかった。例えば、マラリアは、熱帯地域全体に分布していた。熱帯東南アジアのコレラ、熱帯アフリカの黄熱病は、最もよく知られた熱帯地方における死因だった。そのため熱帯地域にヨーロッパ人が移り住むにあたってはこれらの病気が最も深刻な障害となった。これらの地域の植民地支配の確立が、南北アメリカ大陸より約400年も遅れたのはこうした病気がヨーロッパ人進出の妨げとなったからである。パナマ運河の建設において、マラリアや黄熱病が、フランス人の努力を失敗に終わらせたことや、それを引き継いだアメリカ人に困難をもたらしたことはよくしられている。(中略)
ヨーロッパ人が家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌をとんでもない贈り物として進出地域の先住民に渡したからだった

「 銃・病原菌・鉄 上巻」 P.395 家畜がくれた死の贈り物

どんな発明でも、最初の雛形は、何かの役に立つほどの性能を示せないことが多い。そのため、大衆の需要も乏しく、長期にわたって発明家だけのものでありつづけることが多い。(中略)
功績が認められている有名な発明家とは、必要な技術を社会がちょうど受けいられるようになったときに、既存の技術を改良して提供できた人であり、有能な先駆者と有能な行為者に恵まれた人なのである。

「銃・病原菌・鉄 下巻」P.64~67  第十三章 発明は必要の母である

ユーラシア大陸と南北アメリカ大陸は食糧生産の面で大きく異なっていた。両大陸の社会の違いはこの差が究極の要因となって出現したものである。中でもユーラシアがアメリカを征服することになった直接の要因のうちで最も重要なものは病原菌をめぐる状況の違いであり、技術や政治システムや文字システムをめぐる状況の違いであった。とりわけ病原菌をめぐる状況は食糧生産の違いと最も直接的に結びついていた。例えばユーラシア大陸ではもともと動物のかかる感染症が変化して人間がかかるようになった。天然痘、麻疹、インフルエンザ、ペスト、結核、チフス、コレラ、マラリアといった致死率の高い病気が、人が密集して暮らす社会を度々襲った。そのため人々の間にそれらの病気に対する免疫や遺伝子の抵抗力が自然に出来上がっていた。しかしコロンブスが発見する前のアメリカ大陸が発祥地であることが唯一確かな集団感染症は被害毒性トレポネーマだけである 。 この病原菌をめぐるユーラシア大陸と南北アメリカ大陸の違いも矛盾した話ではあるが家畜の有無がもたらした結果であるというのも人が密集して暮らす社会で流行る感染症の大半は人々が食料生産を開始し家畜と日常的に接するようになった約10,000年前ごろにもともと家畜がかかる病気から変化する形で現れたからである

「銃・病原菌・鉄 下巻」 P.279 級世界と新世界の遭遇

技術面における様々な違いも病原菌に匹敵する直接の要因だった。技術をめぐるユーラシア大陸と南北アメリカ大陸の違いは究極的に、両大陸で食糧生産が行われていた時間と長さの違いに起因している。ユーラシア大陸では南北アメリカ大陸で食糧生産が始まる遥か昔から食糧生産が行われていた。その結果、ユーラシア大陸の方が、南北アメリカ大陸よりそれぞれの社会の人口密度が高かった。労働の文化や専門家が進み、より集権化されていた。異なる社会の間での交流や競争も盛んであった。

「銃・病原菌・鉄 下巻」 P.280 級世界と新世界の遭遇

ユーラシア大陸では家畜が人力よりも大きな動力源となり牛や馬やロバが石臼や水組み木を動かしたり畑の灌漑や水はけを行ったりした。ローマ時代以降は吐出も使われだした。(中略)一般的に産業革命は蒸気汽関が動力源として使われだした18世紀にイギリスで始まったと定義されるが、水力や風力に基づく産業革命はヨーロッパの多くの地域ですでに中世に始まっていた。しかし1492年当時ヨーロッパ人が水力や風力や動物を使ってやっていたことを南北アメリカ大陸の先住民たちは人力だけで行っていた。

銃・病原菌・鉄 下巻」 P.280 級世界と新世界の遭遇

栽培家や家畜化の候補となりうる動植物種の分布状況が大陸によって異なっていた。このことが重要なのは、食糧生産の実践が余剰作物の蓄積を可能にしたからであり、余剰作物の蓄積が非生産者階級の専門職を養うゆとりを生み出したからであり、人口の稠密な大規模集団の形成を可能にしたからである。そして人口の稠密な大規模集団の形成が技術面や政治面での有利につながる前に軍事面での有利につながったからである 。

「銃・病原菌・鉄 下巻」 P.367 エピロローグ

動物の家畜化や植物栽培が、最初におこなわれた場所は、いずれの大陸においても動植物の生育に適した地域に集中していた。これらの地域は、大陸全体の面積のほんの一部を占めていたにすぎない。
技術革新や政治制度もまた、自分たちで独自に発展させた社会は少なく、よその社会にあるものを習得した社会の方が多かった。大陸内の社会の発展は、大陸内での拡散や伝播の容易さによって大きく左右された。(中略)つまり、社会は自分たちより優れたものをもつ社会からそれを獲得する。もしそれを獲得できなければ、他の社会にとってかわられてしまうのである。

「銃・病原菌・鉄 下巻」 P.368 エピロローグ

それぞれの大陸の大きさや総人口の違いである面積の大きな大陸や人口の多い大陸では、何かを発明する人間の数が相対的に多く競合する社会の数も相対的に多い。利用可能な技術も相対的に多く技術の受け入れを促す社会的圧力もそれだけ高い。新しい技術を取り入れなければ、競合する社会に負けてしまうからである。

「銃・病原菌・鉄 下巻」 P.370 エピロローグ

◆ 全体を通しての感想や考察

一番の気づきは、各大陸に家畜化できる野生動物がいたかどうかという視点であった。上巻の「なぜシマウマは家畜にならなかったのか」が非常に面白かった。家畜化されなかった6つの理由として、餌の問題、成長速度の問題、繁殖上の問題、気性の問題、パニックになる正確かどうか、序列制のある集団を形成しない動物かどうか、をあげている。トルストイの「アンナ・カレーニナの法則」と表現しているが、家畜化するにあたって、どの要素も備えていなければ家畜化されないのである。
大型哺乳類は、まず羊、山羊、豚が紀元前約1万年~8000年前に家畜化され、続いて、牛、馬、ロバ、水牛、ラマ/アルパカが家畜化された。紀元前2500年頃にラクダが家畜化された。それ以降、大型哺乳類で家畜化された重要な動物はいない。
家畜は食用だけではなく、動力源になる。牛や馬がいたからこそ、動物をつかって畑を耕したり、馬車など人間を運ぶこともできた。だからこそ車輪も必要になった。衝撃的なのは、1492年時点で、欧州ではそうした技術があったのに、アメリカ大陸ではすべて人力で行っていたという点である。アメリカ大陸では、車輪は子どものオモチャだったようだ。しかし、これも動力源になる家畜がいたからこそだ。家畜化された動物が、技術の発展に関与していたとは考えもしなかった。

また、本のタイトルになっている「病原菌」も家畜から発展したものだということに驚いた。既に欧州では、多くの人が犠牲になることで、長い時間をかけて免疫を獲得していったからこそ、耐性があったが、家畜に乏しかった大陸では病原菌とは無縁だったのである。世界史をやれば、中世の欧州でペストでものすごい数の犠牲者がでたという史実は習うが、まさかそれが家畜化できる動物がいたからとか、人口密集していたから広まったとか、そこまでは教えてくれない。世界に格差がうまれた理由の根源が、栽培家できる野生植物が大陸にあったか、そして家畜化できる野生動物がいたかどうかという視点は非常に重要だ。