マネーの進化史 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫 – 2015/10/22
ニーアル・ファーガソン (著), 仙名 紀 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2015/10/22)
(私が読んだのは 単行本 2012年4月10日再版発行のものです)
◆ 読むキッカケ
・「金融の世界史」の著者、板谷敏彦氏がFacebookの記事を読み、非常に驚いた。欧米の方が金融教育が進んでいると思っていたが、実態はそうでもないのかもしれないと思い始め、欧米の金融リテラシーを把握するための本と最初は考えていた。
この本の目的のひとつは、金融、とくに金融史になじみの薄い方のために、入門書の役割を果たすことだ。英語圏の圧倒的多数が、金融に関して無知であることはよく知られている。
https://www.facebook.com/itayato/posts/10214674120194129
ここではアメリカのカード利用者の10人のうち4人までが月末払いを超過して延滞料を支払っているが、全体の29%の人がカードに延滞料の適用があることを知らないし、知っている人の3分の1は10%以下の金利だと思っていることが例示されています。
また、あるアンケートでは3分の2は「複利」を知らなかったし、半数は学校で金融については「あまり学ばなかった」、あるいは「まったく習わなかった」と答えているそうです。
高校生対象のアンケートでは18年間株式を保有していれば国債を保有するよりもリターンが高い可能性が極めて高いことを理解できた生徒は14%。累進課税がわかったのは23%。59%の生徒が年金と401kの違いがわからなかった。
・本が届いて「はじめに」を読んだら、まさに金融史を学ぶための本であることに気づいた。これは読むべき&書評を書いておくべき本だと感じた。
金融がグローバル化したため、これまでの300年あまりにわたって図式化されてきたような、豊かな先進国と貧しい開発途上国の区分があいまいになってきた。国際金融市場が一本化されるにつれて、その分野の知識をもつ人間であれば、たとえどこに住んでいても、儲けられるチャンスは増大する。その反面、金融知識が乏しいものは、損失するリスクが大きくなる。収入の分配という意味で、地球は決してフラット化していない。投資に対する見返りは、非熟練同労者や半熟練労働者の対価に比べて、格段に高いからだ。情報収集の成果が、いまほど大きい時代はない。金融知識が乏しければ、成果はまるきり望めない。
「マネーの進化史」はじめに
(中略)
家計の収支をあわせることに苦労する人であれ、巨大マネーゲームの王者を目指している人であれ、マネーの進化に精通していることがいまほど必要な時代はない。
◆ 『マネーの進化史』目次
- はじめに
- 第一章 一攫千金の夢
カネの山/高利貸し/銀行の誕生/銀行業務の進化/破産国家
→メディチ家登場 - 第二章 人間と債券の絆
負債の山/金融界のナポレオン/南部諸州の敗退/利子生活者の安楽死/利子生活者の復活
→ロスチャイルド登場 - 第三章 バブルと戯れて
あなたの持ち会社/最初のバブル/牡牛と熊/ファットテールの話
→ジョン・ロー登場 - 第四章 リスクの逆襲
おおいなる不安/屋根の下に非難する/戦争から福祉へ/南米チリの大寒波/ヘッジありとヘッジなし - 第五章 家ほど安全なものはない
不動産を所有する貴族階級/住宅所有民主主義/S&Lからサブプライムへ/主婦ほど安全なものはない - 第六章 帝国からチャイメリカへ
グローバリゼーションと最後の大決戦/エコノミック・ヒットマン/ショートターム・キャピタル・ミスマネジメント LTCMの皮肉な結末/チャイメリカ - 終章 マネーの系譜と退歩
◆ 概要
この本は、6つの章で各章ごとに信用制度、債券市場、株式市場、保険、不動産、金融市場における金融史について網羅している。とりわけ、大航海時代以降の金融史を中心に書いているため、金融史の中でも重要なところをおさえやすい内容になっている。
また、この本の原題は「The Ascent of Money ~A financial History of the World~」である。邦題には「進化」と書かれているが、英文を観る限りはシンプルに「金融史」だろう。著書の「はじめに」でも書かれているが、金融史は決してスムーズに進んできたわけではない。不規則で山あり谷ありの連続だった。
尚、後書きによるとこの本の要点はすべてこのインタビュー動画で語られているそうだ。ご参考までに。
◆ 本文からの抜粋
第二章「人間と債券の絆」より
南部債券は、南部のトップ輸出品だった綿花を担保にした公債を発行したのでコットン・ボンドとも呼ばれた。当時、綿花の8割を米国南部に頼っていたイギリスの毛織物産業だった。1860年、南部はイギリスを味方につけるために綿花を輸出禁止にして綿花の価格を釣り上げ、債券価格を釣り上げた。綿花の供給に制限を加えることによって、値段を釣り上げていたのだ。しかし、1863年になると綿花の供給先を中国、エジプト、インドに切り替えたため、綿花に支えられていた南部公債への信頼は急速に失っていくのだった。
1863年になると、アメリカ国内の債券市場は崩壊したし、二つの外国からの借入も役に立たなくなったため、南部諸州は戦争などの出費をまかなうために、裏付けのないドル紙幣を17億ドルほど乱発した。南部、北部の双方とも、紙幣を増刷する必要があったのは事実だ。
「マネーの進化史」人間と債券の絆 P.128
南北戦争末期になると、北部が発行した「グリーンバック」ドル紙幣は金に換算して50セントの価値を保っていたが、南部の「グレイバック」は、1864年に断交した通貨改革もむなしく、1セントの価値しかなくなっていた。南部の各州や自治体が、独自に紙幣を印刷できたこと、グレイバック紙幣は印刷が雑で簡単に偽造できたため偽札が横行したことも状況を悪化させた。南北戦争の間に、南部における物価上昇率は4000%に達したが、北部では60%にとどまっていた。1865年に南部軍は降伏したが、それ以前から敗北の前兆である超インフレが起き、南部経済は崩壊になだれ込んだ。
ロスチャイルド一族の判断は正しかった。戦争に買った北部が南部の負債を救済することを拒んだため、南部の公債に投資した者たちは大損した。
南部公債の担保は、綿花だった。その南部産綿花に価値があったから、南部公債にも価値がでていたわけだ。自作自演で綿花価格を釣り上げておいたのに、まさかイギリスが他国から調達できるとまでは予測できなかったのだろう。
そして、どちらも裏付けのない紙幣、グリーンバックが価値を保ったのに対して、グレイバックが奈落の底に落ちていったのことが非常に印象的だ。
負債に押し流されながらも、そこからふたたび立ち上がることができるのが、アメリカ資本主義のたくましい一面だ。1898年以来、アメリカ人ならだれでも、連邦倒産法第七章(清算)および第十三章(定期収入のある個人の債務処理)に申告できる。貧富の差に関係なく、アメリカ人は破産を「生存し、自由を満喫でき、幸福を追求する権利」とほぼ同等な普遍の権利だと心得ている。その根底にある理念は、法によって起業家精神を奨励しようとする姿勢だ。
「マネーの進化史」第一章 一攫千金の夢 P.80
(中略)
全米倒産裁判所メンフィス支部で扱っている事例は、事業が倒産したのではなく、請求書にみあう額が支払えない(個人の健康保険ではまかなえない)、多額の医療費である場合が多い。普通の一般市民がほとんどだ。倒産裁判所の本来の役割は、事業主を救済することだ。ところが、現在では、98%が事業にからむものではないし、メンフィスにおける破産のおよそ四分の三は、連邦倒産法第十三章に規定されている「今後に生じる収入の一部ないし全額を、破産に至る前の借財返済に充てることに同意する」という条項に該当する。
今まで、米国はどうして個人負債が大きいのか。なぜ気軽に借金してモノを買うのか不思議でしょうがなかった。まさか破産を「自由を満喫でき、幸福を追求する権利」だと思っているとは衝撃的だった。
第四章 リスクの逆襲
要するに、現代の保険を創設したのは商人ではなく数学者だった。ただし、理論を実践に移すためには、聖職者たちの助けが必要だった。
「マネーの進化史」第四章 リスクの逆襲 P.252
(中略)
「スコットランド牧師の寡婦基金(スコティッシュ・ウィドウズ)」はこの種の保険基金の草分けで、金融史にとっては画期的なできごとだった。スコットランドの聖職者にとっての福音であるばかりでなく、早期死亡に備えたいと切望する万人にとってのモデルを確立したからだ。
(中略)
1740年代にはだれも予想していなかったことだが、保険料を払う人数が継続的に増え、保険会社やその仲間である年金基金は拡大し、やがて世界でも最大規模の投資機関になった。今日、世界の金融市場を支配する、いわゆる機関投資家だ。第二次世界大戦後、保険会社が株式市場で投資できるようになり、1950年代の半ばまでに、イギリス経済にくらいつき、イギリス大手企業のほぼ3分の1を手中にするまでになった。現在では、スコティッシュ・ウィドウズだけで1000億ポンドをこえる資金を管理している。
損害保険の起源は、海上保険のロイズだったことは有名な話だ。しかし、このタイミングではペイ・ゴー方式だっただけでなく、まだ補償すべきリスクを評価する理論的根拠はなかったようだ。スコティッシュ・ウィドウズで初めて保険統計と、基金を集めて運用ということが行われた。
第五章 家ほど安全なものはない
「すべてのアメリカ人に、自分の家を所有してもらいたい」とジョージ・W・ブッシュ大統領は2002年10月に語った。ブッシュは10年以内に、550万人のマイノリティに新たな住宅を所有させるよう貸し手を促し、2003年にアメリカン・ドリーム・ダウンペイメント(頭金)法に署名した。これは、低所得者層における新規住宅購入を助成する目的で導入された法律だった。貸し手は、サブプライムローンの借り手に完璧な書類提出を無理に求めないよう、政府から助言された。ニーメイやフレディマックも、サブプライム市場を支援するようHUDから通達を受けた。
「マネーの進化史」第五章 家ほど安全なものはない
(中略)
サブプライムローンは、ビジネスモデルとしては完璧に機能したが、それは、低金利が続く限り、人びとが仕事に就いている限り、そして不動産価格が上がり続ける限りという前提条件のもとだった。いうまでもなく、そのような状況がいつまでも続く保証はない。
このアメリカン・ドリーム・ダウンペイメント法の存在は全く知らなかった。
サブプライム問題を語る場合、投資銀行が一方的に悪者にされがちだが、サブプライムにも貸すよう指示を出したのは政府だったなんて…。
現代にも起こる教訓としては、サブプライム債務にしろ、社債(レバレッジドローン)にしろ、この3つの条件がそろわないと続くのは難しいということだろう。
・低金利が続く限り
・人々が仕事についている限り(企業なら利益が出る限り)
・不動産価格が上がり続ける限り(企業なら株価が上がり続ける場合)
◆ 全体を通しての感想や考察
この本は、何度も読み返したい。丸暗記したいくらいの本だ。
金融用語&金融史を覚えるためにも、洋書もよさそうだ。
マネーに関して初めてでもわかりやすいとあるが、予備知識がないとかなり難しいだろう。今の私の知識で、サブプライムローン、第一次世界大戦のハイパーインフレ、南米諸国の債務不履行などについては、一番わかりやすかったと感じた。金融史を語る時、時代を大航海時代と区切ると、債権の問題が中心になる。国家と債券は切り離せない。債権は政府の借金だ。債権と戦争も切り離せない。過去に、国家の債務不履行が横行していたこともおさえておくべきだろう。「債券保有者の多くが外国人であれば、債務不履行がそれおほど痛みを伴わないとラテンアメリカ諸国が19世紀に気づいた」と書かれているほどだ。
そして、債権が出てくるには銀行制度がないと成立しなかったともいえる。この本では、金融史を語るうえで、第一のシステムは銀行の興隆だ。第二は債券市場だ。普段、株式市場に携わっていると、どうしても株式市場ばかり目がいくが、銀行の興隆、債券市場はおさえるべきテーマだ。
さらに、その周辺にある、保険、不動産もおさえておくとより深く理解できる。
それが1冊でまとまっているというのが素晴らしい。
この本を読んで、「金融の世界史」を読み返したくなった。
横軸として「マネーの進化史」、時代順になっている縦軸で「金融の世界史」を読むとわかりやすく整理されるだろう。