民主党の副大統領候補、MN州ワルツ州知事

MN州のワルツ州知事が副大統領候補者に選ばれた。ワルツ知事を強く推薦していた労働組合やプログレッシブ議員らは歓喜の声をあげた。AFL-CIO (米労働総同盟・産業別組合会議)は、Strongly Supportとして声明文をすぐに発表した[※1]。
それだけでなく、サンダース上院議員がワルツ州知事を支持していたことも選択した理由の一つだろう [※2] サンダース上院議員はハリス副大統領を大統領候補として明確には支持していない。ハリス陣営も、民主党内で大きな勢力であるサンダース上院議員とその支持団体をまとめることを最優先に考えたのだろう。
WSJはOpinionで「進歩派の圧力に屈したハリス氏」と書いてあるが[※3]、今の民主党をまとめるために必要なプログレッシブの推薦を優先させたのだろう。
一方で、民主党副大統領候補者の最有力候補であったPA州シャピロ州知事は、民主党内で激しい反対があった。シャピロ州知事については、断念せざるをえなかったこともあるだろう[※4]。また、アリゾナ州のケリー上院議員は副大統領候補者の中では知名度もあり、従軍経験やNASA勤務などあったが、労働組合が反対するような法案を勧めたことがあった。それがマイナスになったのかもしれない。

さらに、ブルーウォール(ペンシルベニア州・ミシガン州・ウィスコンシン州の3州を指す)での集票を強く意識しての選択だったことは間違いない。 Cook Political Reportは、7月~8月7日まで接戦州となっているのはこの3州だけだった。民主党陣営は年初の早い段階から、勝負はこの3州だと認識していた。8月3日には、ハリス陣営は2週間以内にブルーウォール州でこれから150名のスタッフを増員する予定だとも発表している [※5]

また、副大統領候補者を選定するにあたって、有権者からの知名度はあまり関係なかったのだろう。全米の知名度で選んでいたら、ワルツ氏は最も選ばれなかった一人であったからだ。 New ABC News/Ipsosの全米調査 [※6] によると、副大統領候補者として名前があがっていた中では、ニューサムCA州知事とブティジェッジ米運輸長官の知名度が最も高かった(54%の認知)。最後まで有力候補だったケリー上院議員、シャピロPA州知事を知らない人は40%だったのに対して、ワルツ州知事は約60%と有力候補者の中では全米で最も知られていない人物だった。好感度が高い人も低い人も10%未満だった。まあ全米レベルでは知られていなかった人物と考えてよい。また、別の調査のThe NPR/PBS News/Marist National の調査では、71%の米有権者は彼の名前を知らなかったとも回答している [※7]

ワルツ州知事はPro-Union(親労働組合)

ワルツ州知事は、元教員であり、NEA(全米教育協会)の組合員 [※8] だ。
教員の労働組合であるNEAとatf(全米教員連盟)は、米国内の労働組合団体の中でも最も人数が多く、労働組合の中でも一大勢力で300万人という組合員を擁する。
ワルツ州知事は、労働デモにも参加してきた。
バイデン大統領は自らを”Union-man” “Pro-union president”と表現して労働組合寄りの政策を進めてきていたが、ワルツ州知事は労働組合員出身者であり、最大の支持基盤も労働組合だ。2023年秋にバイデン大統領は大統領として初のストライキデモに参加して大きく話題をよんだが、ワルツ州知事も同様にMN州内のUAW組合員とともにストライキに参加していた [※9]

ワルツ州知事は、知事に就任してからMN州議会と協力してPro-Unionの州知事として労働者寄りの政策を急激に進めてきた [※10]。例えば、以下のようなものがある。

  • Minnesota Paid Family Medical Leave Act。家族の介護や看護の休暇や、自身の傷病休暇を有給でそれぞれ最大12週間提供することを義務化。 雇用者と被雇用者が均等に費用を負担し、拠出と給付は2026年1月1日から開始 [※11]
  • 2024年1月1日からミネソタ州の労働者は、30時間働くごとに1時間の有給病気休暇を取得できるようになった。年間48時間を上限として、繰越も可能で最大80時間まで確保できる。1年間で80時間以上雇用された労働者(連邦政府職員、建設労働者など一部例外あり)が対象となり、雇用主が有給を負担する。
  • 全米で初めてUberとLyftのドライバーの最低賃金を設定。2025年1月1日から適用され、ドライバーには最低でも1マイルあたり1.28ドル、1分あたり31セントが保証される。また、車両保険と業務中の傷害に対する補償も義務づけられた。
  • 全米で最も賃金が低い介護施設労働者の労働状況を監督するため、介護施設労働基準委員会( the Nursing Home Workforce Standards Board )を設立。ミネソタ州における介護業界全体の最低賃金と福利厚生を定める権限を持つ国内初の委員会を設立。2024年には最低賃金を引き上げ、11日間の有給休暇を保証 [※12]

ワルツ州知事の下院議員時代(2007~2019年)

ワルツ州知事は、高校教員だった時に休職して、選挙資金もあまり持たず、選挙コンサルト不在で下院議員に2006年に出馬した。当初は”Lean R”で共和党有利だったが、最後は接戦になり、最終的に5期も務めた共和党現職下院議員を破り当選した [※13] この時から、労働組合による集票は大きかった。
2006年の中間選挙で初当選してから2007年~2019年と12年間も下院議員を務めてきた。 ワルツ州知事は1981年~2005年まで陸軍州兵を務めきた経験を活かして、下院退役軍人委員会、下院軍事委員会の委員としても務めた。最後のキャリアとしては、下院退役軍人委員会の民主党トップを務めた。他にも、下院農業委員会の委員としても活躍した。
下院議員在職中は退役軍人のために数多くの法案を可決させてきたことで、退役軍人会からは表彰されている。米退役軍人会(AMVETS)からは、2010年には「the Congressional Silver Helmet Award」として表彰され、Jewish War Veteransからも “Medal of Merit ” を授与されている[※14]。
ここは、軍経験も軍人とのコネクションも薄いハリス副大統領をおおきくサポートすることにつながっていくだろう。

下院議員時代から変わらずPro-Choise(人工妊娠中絶を容認)

ワルツ州知事は、下院議員時代から妊娠20週以降のほとんどの中絶を禁止する法案に反対票を投じ、中絶サービスを含む医療プランへの連邦資金の使用を禁止する法案にも反対したことがある。 この傾向はMN州知事時代も変わらず、人工妊娠中絶を基本的な権利とする州法にも署名した。
ちなみに、ワルツ州知事はカトリックの家庭で育ち、現在はルター派プロテスタント。

下院議員時代は、資源保全有権者連盟(LCV)のスコアは高くない。州知事になってから環境擁護団体に強く支持される。

ワルツ州知事は、環境擁護団体からも支持されている[※15]
2040年までに100%CO2フリーの電力供給を州内の電力会社に義務付ける法案に署名するなど、40を超える気候変動対策法案に署名してきたことは環境擁護団体から高く評価されている。
しかし、ワルツ州知事は下院議員時代から気候変動対策に熱心に取り組んでいたわけではない。資源保全有権者連盟(LCV)が毎年発表するLifetime Scoreは、下院議員時代に75%だった。2023年では民主党上院議員の3分の1が100%スコアを獲得していることをふまえると、高いスコアではない。
特に環境擁護団体から批判を浴びたのは2014年にはカナダと米国を結ぶ原油パイプライン「キーストンXL」の承認に、下院共和党とともに承認に投票したことだ。他にも、2015年の Clean Water Act(水質浄化法)では適用水域を拡大したオバマ政権に対して、規則を覆す投票を行ったこともある。州知事に就任してからも2021年には、 エンブリッジ社の石油パイプラインのライン3を承認したこともあった。

下院議員時代から銃保有者でハンティング愛好家

ワルツ州知事は、銃保有者でありハンティング愛好家だ。知事主催のキジ狩り解禁日のイベント「Governor’s Pheasant Hunting Opener」を2024年も開催予定だ [※16] 。下院議員時代の2010年~2016年は全米ライフル協会(NRA)からAランク評価をもらっていた。2016年に発表した『Guns and Ammo』誌では、“Top 20 Politicians for Gun Owners.”に選ばれたこともある。 しかし、2018年のMN州知事選からは、アサルト・ウエポン禁止を支持しはじめるなど規制に動き始めてFランクに急落した。
MN州知事に就任してからは、さらに議会と協力して銃規制に動くことになる。2023年には他者や自身への脅威となる兆候を見せたと当局が判断する人物から一時的に銃を押収する権限を裁判所に付与するレッドフラッグ法に署名し、身元確認も強化した [※17] 。MN州知事選を境にして、NRAとの関係は断ち切ったということだろう。銃保有は未だしているようだし、ハンティングは未だに行っている。

下院議員時代は対中タカ派。 中国での教員経験もある。

下院議員時代は中国タカ派だった。特に人権問題に取り組み、 中国の人権問題に特化した議会執行委員会の委員にも就任した。ダライ・ラマや、刑務所収監前の香港の著名な民主活動家ジョシュア・ウォンと会談したことがある。中国の最恵国待遇を切り離すことも下院議員時代に提唱していた。
また、 2016年には南シナ海における中国のプレゼンス拡大の試みにも懸念を示し、ワシントンの軍事費削減の試みに反対する主な理由だった [※18]
しかしながら、ワルツ州知事には中国との深い関係もある。
ワルツは少年時代に中国共産党に興味をもち、教職課程で中国語を学んだと発言している。1989年には大学のボランティアプログラムとして広東省の高校でアメリカの歴史と英語を教えたこともある。 その後、ワルツ夫人とともに、米国の学生に中国ツアーを企画する “Educational Travel Adventures ” という会社を設立し、2003年まで続けてきた [※19]

Is Tim Walz a progressive or a centrist ?

ワルツ州知事が副大統領候補に選ばれた時に、プログレッシブを代表するAOC議員、民主党と決別して離党した中道派の代表であるマンチン上院議員の両方が賞賛していたのが話題になった。
正直、ワルツ州知事のどの時代のどの側面を切り取って評価するかで変わる。これはVoxの記事「Is Tim Walz a progressive or a centrist — or both? 」もまさに同様の指摘をしている [※19]
下院議員時代から続いている主張もあれば、下院議員、州知事となり立場を変えてきた側面もある。もはや中道派とは呼べない側面のほうが大きいが、プログレッシブとも言い切れない部分も残っている。
ただ、一つだけ言えることは、Pro-Union(親-労働組合)の姿勢は下院議員に立候補した時からずっと続けている。バイデン大統領は「米史上、最も親-労働組合の大統領になる」と宣言したが、ある意味、本当に教員組合員から着実にのぼりつめてきたような人物が副大統領候補になったといえよう。
そういった意味では、経済対策もPro-Unionの視点になるので、バイデン政権の継続になるのではないか。
バイデン大統領は環境擁護団体から支持されるのに若干苦労した側面もあるが、ワルツ州知事は乗り越えてきているようなので、今までよりも環境擁護団体から支持されるような環境政策も進むことになるだろう。

参考資料
※1:AFL-CIO Strongly Supports Tim Walz for Vice President
※2: Sanders backs Walz in Harris veepstakes: He will ‘speak up’ for working people
※3: What the Choice of Tim Walz Says About Kamala Harris
※4:How Shapiro Lost Out to Walz in the Race to Be Harris’s VP Pick
※5:Kamala Harris Makes Risky Bet That Tim Walz Can Prop Up Blue Wall
※6: Most Democrats are very enthusiastic about Kamala Harris as the Democratic nominee
※7: 71 percent of Americans have never heard of Walz: Poll
※8: NEA: Educators are fired up and united behind Harris-Walz
※9:UAW strike draws fresh political support on and off Capitol Hill
※10: 4 reasons why labor unions love Tim Walz
※11: 2023 session outcomes: Paid Family and Medical Leave (PFML)
※12: Minnesota’s new labor board votes for nearly $23.50 an hour minimum wage for nursing home workers
※13:Walz goes from the classroom to Congress
※14:AMVETS national commander on Walz: “best veterans advocate he has seen in 25 years”
※15: Walz’s history of green-friendly governance follows mixed House record
※16:Governor Walz Announces 2024 Governor’s Pheasant Hunting Opener to be Held in Sleepy Eye
※17: Governor Walz Signs Historic Gun Safety Measures Into Law
※18:Explainer: Tim Walz’s long track record in China  
※19:Tim Walz Is Fascinated by China—and Disturbed by Its Human-Rights Record
※20:Is Tim Walz a progressive or a centrist — or both?

その他、参考になった記事
‘Top Gun Democrat’ Tim Walz Cultivated Centrist Record in Washington
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A Minnesotan Sizes Up Tim Walz
How Shapiro Lost Out to Walz in the Race to Be Harris’s VP Pick
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