トランプ前大統領が抱える裁判の進捗整理(2024年1月版)

トランプ前大統領に関する訴訟の進捗は、大統領選に大きな影響を及ぼす可能性がある。まずは、第一弾ということで整理しておくことにする。
トランプ氏は2つの州裁判所と2つの異なる連邦裁判所で、全部で91の重罪に直面しており、選挙活動中にも出廷する必要がある。選挙と裁判が並行して行われているのだ。
ただし、米司法省による裁判には期限があるといってよい。
トランプ氏が2024年大統領選で勝利し、裁判が続いていた場合、トランプ大統領は司法省管轄下の起訴を取り下げ、スミス特別検察官も解任できる権限があるからだ。ただし、それはあくまで連邦政府の起訴だけで、州政府が実施している起訴は続くことになる。

連邦裁判所①The Federal Election Interference Case/連邦選挙介入の裁判

2021年1月6日に起きた連邦議会議事堂襲撃を扇動し、2020年大統領選挙の結果を確定する手続きを妨げたことに起因してトランプ前大統領は起訴された。
2023年8月、本件に関してコロンビア特別区の大陪審は起訴を認めた。ジャック・スミス特別検察官が連邦地裁に提出した起訴状で、前大統領は公的な手続きの妨害や市民の権利を妨げるための共謀など4つの連邦法違反の罪に問われている。
現状は、 D.C.巡回区控訴裁判所による審理がはじまっており、公判は予備選挙が集中するSuper Tuesdayの1日前、3月4日に開始される予定だ。
2023年12月末、スミス特別検察官が最高裁に迅速な審理開始を要請していたが最高裁は却下した。最高裁は 控訴裁判所の審理を待ってから判断する方針を示した。 選挙前に免責特権が適用されるかを結論づけたい民主党にとっては痛手な判断となった。

連邦裁判所②The Classified Documents Case/機密文書に関する刑事裁判

FL州の連邦地裁が開示した起訴状によると、トランプ前大統領はスパイ防止法違反や司法妨害の共謀、偽証など37の罪に問われている。
既に連邦地方裁判所は初公判を来年5月20日に開くことを決定している※5
トランプ前大統領は2024年選挙後まで裁判を遅らせるように求め、司法省は2023年12月に審理開始を求めていたが、どちらの要望も却下した形となっている。
ただ、審理が開かれるのは、特別検察官が訴状を持ち込んだFL州の陪審団となるが、同州は保守派が強い。ここで有罪に反対する陪審員が1人出ただけで、トランプ氏の審理は無効になる。

GA州裁判所:The Georgia Election Interference Case/ジョージア州での選挙介入の裁判

2023年8月、GA州フルトン郡の大陪審はトランプ前大統領と関係者18人を起訴した。起訴状によると、票数の脅迫に対するGA州法違反、公務員に対する宣誓違反の教唆などの罪に問われている。 最も重い罪はGA州の「威力脅迫および腐敗組織に関する連邦法(RICO法)」の違反で、最大で禁錮20年に処される可能性がある。
ウィリス地区検事は8月初旬に公判を開始したいようだが裁判所はまだ日程を決まっていない。すでに2023年の時点で2024年冬、あるいは2025年まで裁判は続くとされている。2024年1月9日には、 トランプ前米大統領は、GA州大陪審が起訴した刑事裁判について、訴えを退けるよう同州の判事に求めた※4。この結論はまだだ。
重要なポイントは、ジョージア州では、恩赦やその他の恩赦を与える権限を持つのは、州知事が任命する5人の委員からなるGA州の恩赦仮釈放委員会(State Board of Pardons and Paroles)だけである。要はトランプ前大統領自身が恩赦できないのだ。

ジョージア州では陪審員による評決が問題になるだろう。ジョージア州では通常、刑事裁判は12人の陪審員で構成される。陪審員は、被告が起訴されたとおりの犯罪を犯したかどうかを決定し、有罪評決の場合は裁判官によって量刑が決定されることになる。有罪かどうかは全会一致で決定される。
また、現段階はまだGA州フルトン郡上位裁判所なので、州控訴裁判所、州最高裁判所までトランプ氏は上訴することも可能だ。
ちなみに、GA州州最高裁判所の判事は選挙で選ばれる。Ballotpediaによると全員無党派にはなっている※7

NY州裁判所: ④The Hush Money Case/NY州でのビジネス記録改ざんによる民事裁判

NY州マンハッタン地区検察のブラッグ検事は業務記録改ざんの罪で2023年に起訴し、3月には大陪審は起訴を評決した。起訴状に添付された陳述書の1行目には、「被告人ドナルド・J・トランプは2016年米大統領選期間中、有権者にとって不利な情報を隠すという犯罪行為を隠蔽するため、事業記録を繰り返し不正に改ざんした」と書かれている。
NY州での事業記録の改ざんは通常は軽罪の扱いだが、他の犯罪の隠蔽(いんぺい)を目的としたことから重罪の扱いにしたと検察は説明している。有罪となれば、刑務所で服役する可能性もある。
2023年10月2日に裁判が始まって以来、トランプ前大統領は法廷に9回出向き、傍聴、証言などを通じて無罪を訴えた。

2024年11月には最終弁論を終えた。NY州地方裁判所のエンゴロン判事は、1月31日までに評決を出したいと発言した。今回の訴訟については、NY州法が陪審を認めていないため、エンゴロン判事が判決を下すことになっている※6

大統領は自分で自分を恩赦できるのか?

トランプ前大統領は4つの刑事・民事事件で起訴されており、91件の重罪に問われている。トランプ前大統領は「弾劾を除き、大統領の権限で自分を恩赦できる」と発言しているが、その前例はない。ほぼ確実に訴訟に持ち込まれることが予測される。大統領は自分で自分を恩赦できるかというのは憲法学者でも意見が分かれている。判決までには長い時間がかかるだろう。

まず、「大統領権限により自分を恩赦できる」としている根拠は、合衆国憲法の第二章にある。

第2 条[大統領の権限]
[第1 項] 大統領は、合衆国の陸軍および海軍ならびに現に合衆国の軍務に就くため召集された各州の 民兵団の最高司令官である。大統領は、行政各部門の長官に対し、それぞれの職務に関するいかなる事項 についても、文書によって意見を述べることを要求することができる。大統領は、弾劾の場合を除き、合衆国に対する犯罪について、刑の執行停止または恩赦をする権限を有する。

第4 条[弾劾] 大統領、副大統領および合衆国のすべての文官は、反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪につき弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたときは、その職を解かれる。

https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/3330/

確かに、「自分で自分を恩赦できない」と憲法には明示されていない。「書いていなければ、実行できる」という立場をとるのがトランプ前大統領側の主張だ。
1月9日の D.C.巡回区控訴裁判所で判事が「政敵の暗殺を命じた大統領は、刑事訴追の対象になるか?」という質問に対して、トランプ側の弁護士は「上院による弾劾裁判による有罪判決が必要だ」という回答をした※1

この弾劾というのは米議会が実行する。弾劾の訴追権限は下院にあり、弾劾の裁判を実行する権限は上院が担う。これも合衆国憲法第一章に書かれている。

[第6 項]すべての弾劾を裁判する権限は、上院に専属する。この目的のために集会するときには、議員 は、宣誓または宣誓に代る確約をしなければならない。合衆国大統領が弾劾裁判を受ける場合には、最高裁判所長官が裁判長となる。何人も、出席議員の3 分の2 の同意がなければ、有罪の判決を受けること はない。

https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/3330/

2021年2月のトランプ前大統領の弾劾裁判は、57票が有罪と投票したものの有罪とする3分の2である67票(当時投票した議員100名/上院の定員議員100名)に達しなかったため無罪となった。
トランプ氏弁護側の回答をふまえれば、上院議会の弾劾裁判で有罪と判決がでなければ裁かれないということになる。

ポイントは、合衆国憲法の第2 条[大統領の権限]と第3 条[大統領の義務]が問われることになる。ここで思い出してほしいのは、現在の最高裁の多数派は始原主義という立場をとるということだ。 憲法に関して制定当初の考えに基づいて解釈すべきだとする立場をとるのだ
歴史的な文書では、18世紀の建国の父たちが「自分自身への大統領恩赦」について議論し、その権限を明示的に制限することは避けたことが明らかになっているという。
また、ミズーリ大学のフランク・ブラウン法学教授によると、ここで使われる「与える」や「恩赦」の言葉は、歴史的には、その条項に基づく大統領の権限が他者への恩赦に限定されることを示唆しているとのことだ※2

このあたりは憲法学者でも意見が分かれているため、「大統領自身が自分を恩赦できる」と結論づけるのは早急だ。できる可能性もあるし、できない可能性もある。

また、仮にジョージア州で有罪判決を受けて禁固刑などの実刑となった場合、「 職権および義務を遂行する能力を失った」として副大統領に大統領権限をもつことになる。その時に、副大統領が大統領権限を用いて、大統領を恩赦することも可能になるという議論もある。
トランプ前大統領はこの可能性も狙っているとしたら、副大統領候補者を誰にするかは極めて重要になるだろう。


<参考資料>
※1
https://www.pbs.org/newshour/show/the-arguments-trumps-attorneys-are-making-to-claim-hes-immune-from-jan-6-prosecution
※2
「情報BOX:米大統領の自己恩赦、法的には拒めるか」https://jp.reuters.com/article/idUSKBN29N0JQ/
※3
https://www.afpbb.com/articles/-/3439543
※4
https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-01-08/trump-seeks-dismissal-of-georgia-election-case-citing-immunity
※5
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-07-21/RY5F1WDWX2PS01
※6
https://www.nbcnews.com/politics/donald-trump/bomb-threat-targeted-home-judge-trumps-civil-fraud-trial-rcna133416
※7
https://ballotpedia.org/Georgia_Supreme_Court